スノー アンド アプリコット


――夜逃げ?

俺は途方に暮れた。
そんな馬鹿な。

いくら、貧しいっていったって。
そんなこと、あるのか?

待てど暮らせど、杏奈は現れなかった。

俺は1ヵ月経つうちに、ようやく、じわじわと、絶望を感じ始めた。

杏奈が居ないはず、ない。

だって俺はいつか必ず杏奈を手に入れるはずだった。
それでも、杏奈は居ないのだ。

どうして。
あれだけ一緒にいたのに。
せめて、別れの挨拶くらい。
せめて、行先の住所くらい。
せめて――…

杏奈は何も俺に言わなかった。俺が感じた杏奈との距離の近さは、幻だったっていうのか。

そんな俺とは裏腹に、俺の親は…特に母親は、喜んでいた。

「よかったじゃないの。これであの育ちの悪いお嬢さんに関わらなくてよくなって。
これからはお勉強に集中できるわね。」

その時付き合っていた彼女までもが俺に言った。

「杏奈さんのこと、早く忘れて私のこと大好きになってね。」

冗談じゃない。
冗談じゃない。
冗談じゃない。

だんだんと目の前が真っ暗になる日々で、そういう発言への怒りだけが、支えだった。

俺はとにかく情報を集めた。何かヒントがあればそれを手に入れるために、何でもした。
ようやくわかったのは、どうやら杏奈たちは長野に住んでいる親戚の家に身を寄せたらしいということ。
それ以上はわからなかった。


杏奈のいた高等部3年生は、その失踪の話題も一緒に丸めて抱え込んでいったかのように、卒業していなくなった。
学園内はまた金持ちたちの、退屈な温室に逆戻りした。

何事もなかったかのようだった。俺だけが諦めきれなかった。
何か手がかりがあった時のためにと、杏奈の周りにいた奴らとは繋がりを絶たなかった。



――2年後。
俺は高等部を進み、国立大の医学部に進学した。
その頃だった。杏奈がどうやら、都内に戻ってきているらしいという噂を聞いたのは。
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