スノー アンド アプリコット
後で知ったことだが、杏奈は長野からまた逃げるようにして、都内に一人で越してきていた。
両親とは縁を切った、と言う。
公立の大学に入り、キャバクラで働きながら、学費と生活費をまかなっていた。
俺がそれを突き止めたのは、大学1年の冬だった。杏奈は1年遅れて入った大学の2年生になっていた。
両親の反対を押し切り、俺は杏奈の暮らすボロいアパートに引っ越した。
それも、隣の部屋に。
「――よぉ、久しぶり。」
終電もとっくになくなった深夜、杏奈はタクシーでアパートまで帰ってきた。
カツカツとヒールの音を響かせ、錆びた鉄の階段を上がってくるのを、俺はさっき越してきたばかりの部屋のドアの前に寄りかかって待っていた。
「……ユキ?」
派手に輝かせた瞼をめいっぱい開いて、グロスで艶めく唇から、杏奈は掠れた声を溢した。
白い息が上って消えた。
――2年と10ヵ月ぶりの再会だった。
それは、俺が今まで生きてきた中で、一番美しい夜だった。
ボロアパートだって、凍えるほど寒くたって、関係なかった。空気の悪いこんなところでも、俺は頭上に満天の星空を感じた。
いかにも夜の仕事仕様の下品な化粧をしていても、杏奈はやっぱり可愛かった。
俺はすぐにでも飛びついて、抱きしめて、泣きたいくらいだった。
死ぬほど懐かしかった。会いたくて会いたくて、気が狂いそうだった。
だけど精一杯クールに微笑んでみせて。
「元気そうじゃん。」
「…………ハアァァ?!?!」
杏奈は荷物も鍵も全部取り落として、絶叫した。
「あんたこんなとこで何やってんの?!」
「指をさすな、指を。いやー探したわー、お前突然消えるんだもん。」
俺は鞄と鍵を拾い、許可なくその鍵で杏奈の部屋のドアを開けながら言った。
「探したって…は? ちょっと何勝手に人の部屋…」
この時ばかりは杏奈の気は動転していて、俺は初めてペースを握った。
「おー、お前やっぱ部屋散らかってんなあ。」
「余計なお世話よ! ちょっとほんとにどういうことなのよ!!」
「どういうことって? 俺、隣に越してきたからさ。隣人の挨拶?」
「ハァ?!」
「またよろしくなー。」
「ハアァ?!」