スノー アンド アプリコット
杏奈はものも言わずスタスタと部屋を出ていき、15分と経たず、自分の部屋でシャワーを浴びて服を着替え、戻ってきた。長い髪はまだ濡れている。
深夜に泥酔した杏奈を迎えに行き、自分の部屋に連れて帰ると、杏奈は我が物顔で俺のベッドに潜り込む。
だから、俺たちは週に3回はこんな朝を迎えることになる。
「ユキ、髪!」
俺がコーヒーを淹れていると、杏奈が洗面所で声を上げた。
「髪乾かして!」
「ったく…」
俺は言われるまま洗面所に向かう。
杏奈は歯ブラシをくわえながら俺のドライヤーをこちらに突き出していた。言わずもがな、ここには杏奈の歯ブラシが当然のようにある。
「それが人に物を頼む態度か、あぁ?」
「頼んでないわよ、やれっつってんのよ!」
「てめぇ何様なんだよ!」
ドライヤーを取り上げて髪を乾かしてやっている間に、杏奈は口をゆすぎ、携帯用の化粧ポーチから次々に道具を取り出して、手早く化粧を済ませた。
キャバクラで働いていた頃は毎日のようにけばけばしい顔に仕上げていたが、区役所で働いている今、杏奈の化粧は素顔に近いくらい、簡素なものだ。それでも間違いなく可愛い。
それから部屋に戻り、食べやすいようにサラダと目玉焼きをまとめて乗せてやったトーストをかっ込むと、俺の手から奪い取るようにマグカップをつかんでコーヒーで流し込んだ。
「おま、それは俺のコーヒーだ、お前のはこっちに――」
「じゃ!」
バタン!!
俺が言い終わる前に、杏奈は床に放ってあったバッグを引っ掴み、慌ただしく出て行った。
カンカンカン、と鉄の階段を降りていくヒールの足音を聞きながら、俺はため息をついた。
狭いワンルームにはシャンプーと香水の残り香が充満し、布団には杏奈の甘やかな肌と汗の匂いが染みついている。
「………くっそ! あいつ!!」
ムラムラするどころの騒ぎじゃない。こんな朝は、この香りを胸一杯に吸い込んで、目に焼きついた杏奈のエロい身体をオカズにするのが常だ。
俺は断じて変態ではない。と思う。これは22歳の男としては普通のことだ。…と思う。
だけど、俺は昨日の夜時間を潰され、杏奈を迎えに行く羽目になったから、今課題をこなさなくてはならない。この部屋に居ると頭がおかしくなりそうだったから、早めに大学に行くことにした。
医大生は、落ちこぼれたら未来が無い。