スノー アンド アプリコット
「そこまでの行動力がありながら、なんで今までさっさと押し倒しちゃわなかったのかしらねえ…」
誠子ママがしみじみ、そんなことを言う。
「意味ねえよ。こいつ全然俺のことそういう目で見ねえもん。」
「それが不思議よねえ。」
俺だって不思議だ。女という女が俺に夢中になるっていうのに、杏奈だけは手に入らない。
本当に、こいつの目は節穴なんじゃないのか?
「妙に頑ななんじゃない? 杏奈ちゃんだったら、一回くらい寝てたっておかしくないもの。」
誠子ママは杏奈の味方のつもりらしいが、失礼だ。だけど擁護のしようもない。
「逆に可能性があるのかも。アタシ、応援するわ。」
「今まではしてなかったのかよ…」
「してたけど、今の話を聞いちゃったら、もうねぇ。ユキくんが報われなかったらあんまりにも哀れ過ぎるもの。」
「哀れって言うな。俺は報われない努力なんかしないし。」
「強気なのにねぇ…」
「ねぇ…ほんとに…成果が全然ねぇ…」
「10年も片思いなんてねぇ…」
熱い視線で見つめられることはあるこそすれ、こんな憐憫の眼差しで見られることはない。
まったく、それもこれも杏奈のせいだ。
「結婚の話、なくなってよかったわね。」
「エー、またあるわよお。適齢期だもの。ほんと気に入らないけど、顔は可愛いしぃ。」
「そうねえ…年下な上、まだまだ学生が続くのはネックよねぇ。」
「そんなもん全部俺が潰してやる。今回は手間が省けたなぁ。」
「悪い顔! セレブのご両親が泣くわよ。」
誠子ママが呆れたように笑った。だけど、その笑顔はどこか暖かかった。この人は、俺を応援するよりも、杏奈の幸せを願ってくれている。
「…そろそろほんとに帰るわ。アン、行くぞ。」
俺は立ち上がって、杏奈の肩を揺らした。
「んんんん~…」
「立て、ほら。」
「まだ飲むぅ…」
「バカヤロウ店じまいだ何時だと思ってんだ!」
椅子の脚を蹴ってやると、杏奈はだいぶ寝たからか、ぼんやりしながらも割とはっきり喋りだす。
「…明日の朝の、ヨーグルト買ってきて。」
「お前の部屋の冷蔵庫に入ってたろ。」
「違う、飲む方。」
「知るか!」
「またね、杏奈ちゃん。」
「ん、またすぐ来るー。キララもまたね。」
「ハイハイ。」
俺は千鳥足の杏奈の肩を抱いて、レファムを出た。