スノー アンド アプリコット

「完璧なあたしの人生計画が、あんたのせいで滅茶苦茶よ。」
「婚約破談は俺のせいじゃないだろ。まあ潰すつもりではあったけど。」
「なんなのあんた、疫病神なの? 下僕が形無しじゃないの。」
「疫病神でも下僕でもなくて、恋人だろ。」
「馬っ鹿じゃないの? ガキが思い上がるんじゃないわよ。」
「そのガキに抱かれて立てなくなるくらい感じたくせに。」
「………」

杏奈が俺を睨みつけた。ああ、そそる顔だ。
ぐっと噛み締めたそのさくらんぼみたいな唇にキスをして、散々嬲って、俺を求めてやがてみだらに開かせたい。
ゾクゾクした。

「……訴えてやる。」

何を言ってもピンポン玉みたいに攻撃を打ち返してくる杏奈が、こんな苦し紛れのセリフしか言えなくなるのも、たまらなかった。

忘れさせてなんかやらない。

俺はもう妄想でも願望でもなく、杏奈の吸いつくような肌の質感も、豊かな胸の柔らかさも、泣くほど敏感な所も、煽るような喘ぎ声も、知っている。
俺自身が、それにどんなに興奮して、我を忘れるほどのめり込むのかということも。

少なくともあの時、杏奈は俺に応えた。
俺にしがみついて自ら脚を絡めあわせてきた時の歓びを、忘れるわけがない。

「…杏奈。」

耳元で名前を呼ぶと、杏奈がびくりと肩を震わせた。
この反応だけでわかる。
杏奈がどんなに認めたくなくても、この蠱惑的な身体には深く、俺の感触が刻み込まれている。

「杏奈ーー…」

キスをしたら、杏奈は受け入れる。
俺には確信があった。

だが。

「杏奈ちゃん、いるんだろ?」

ドンドン、と拳でドアを叩く音と共に、男の声がした。

「開けてくれよ。もう一度話し合おう。わかってくれ、僕は、君を想ってーー…」

ドンドンドン。

隣の部屋だ。杏奈の。

俺は立ち上がった。
その途端、腕を摑まれた。

「いいわ。自分で行く。」

固い声で言った杏奈の顔には、表情がほとんど、なかった。

一体、何がーー…

俺が口を開く前に、杏奈が決然とした足取りで、ドアに向かって歩きだした。


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