スノー アンド アプリコット
まあ当然質問なんてものは一瞬で終わった。後は付き合いだすのかどうかという頃にする、何の変哲もない男女の会話だ。真由子の精一杯のさりげなさを装ったその声は、上ずっていた。
「良かったら、うちに寄っていかない?」
――大学から一駅ぶん離れたところのこじゃれた居酒屋に連れていき、カウンター席に並んで座って無難に会話を弾ませてやると、真由子はとても嬉しそうだった。というか、幸せそうだった。
「東条くんも一人暮らしなんだよね?」
「そうだよ。」
俺が暮らしているアパートの最寄り駅を教えると、真由子は目を丸くした。
「あんまり大学まで来やすくはないよね?」
「そうだなあ。乗換も二回あるし。」
「どうしてそんなところに住んでるの?」
当然の疑問だった。俺は黙って微笑んで、答えることを拒んだ。ぐっと距離が近づいたと思っていたのに、一気に線引きをされた気分だろう。それに慌てて、うちはすぐ近くなの、と真由子は口を滑らせ、俺をそこへ誘った、というわけだった。
真由子はビール一杯で酔いが回ったのか、頬も首も赤く染まっていて、上昇した体温で石鹸の匂いを立ち上らせていた。完全に据え膳だった。俺は真由子の腰に手のひらをそっと触れ、背中にかけてに撫で上げ、耳元に唇を寄せて囁いた。
「…いいよ。」
真由子は更に真っ赤になった。
あーあ、と俺は思った。これは完全に合意だ。それがわからないほど真由子も馬鹿じゃない。このユデダコみたいな顔が良い証拠だ。いいのか、自分を絶対好きにならない男なんかに、やすやすと抱かれて。
「あのね、あの…」
そこから歩いて案内された部屋は、さすがに女の一人暮らしだから、オートロックのマンションだったが、中は俺の住んでいるボロアパートと変わらないワンルームだった。杏奈の部屋と比べるのは不毛なくらい、きちんと片付いていた。
「東条く…」
部屋に入ると、緊張でカチコチになりながらも、何か言おうとする真由子の唇にやわらかくキスをした。
これが人生で何回目のキスだか知らないが、真由子はぎこちなくも応えてきた。
仕方ない。俺は欲求不満なのだ。抱くことに決めた。