スノー アンド アプリコット
何故だ。
杏奈の居所が、何故、父親に知られている?
俺は一瞬のうちに杏奈が口にしたセリフを耳の奥に聞いた。
あんな親、縁を切ったの。
二度と会いたくないわ。
そう、杏奈が教えるはずない。住民票は、他でもない杏奈自身が管理している。杏奈は何も言わないが、区役所に就職したのはそれが目的の一つであったと俺は思っている。
ーー違う。
役所なんかに行く必要はない。
興信所を使って、居場所を掴んで、父親に会った…
そんなことを言っていた奴がいた。
「……大倉。」
思い出すと同時に、その名前を呟いていた。
「あの男ですか。奴から住所を聞いたんですね?」
「………」
それは間違いなく、肯定の沈黙だった。
「...東条くん、だったっけ? …久しぶりだね。すっかり大人になって…今も杏奈と仲良くしてくれてるんだね。」
何で、今更…
大倉と杏奈が揉めていたのは3ヶ月は前のことだ。
行方知れずになった娘に一刻も早く会いたければ、もっと早く来たはずだ。
新幹線代がすぐに用意できなかったとしても、この間は不自然だ。
今は、もう年末も近い。
…年末?
そうか。すっと腑に落ちた。
「金が要るんですね。」
言った声が、自分でも驚くほど凄みを帯びていた。
借金取りの取り立てが苛烈になるのは、年末だ。
何年ぶりかに顔を見せたと思ったら、それか。
「本当にあなたはクズになったんですね。あの頃は少なくとも工場を必死で立て直そうとしてたのに。」
怒鳴り出したいのを必死で堪えた。
まずい。今、何時だ?
杏奈はいつ帰ってくる?
「とにかく、入ってください。」
杏奈に会わせるわけにはいかない。
俺はうなだれている父親の背を押して、自分の部屋に押し込んだ。