スノー アンド アプリコット

杏奈がゆっくりと振り返った。
能面みたいに表情がなかった。
その下に隠れているのは、やりきれない思いと、壮絶な怒りだ。知っている。俺には覚えがあった。
大倉の時と同じなのだ。

「アン…」
「杏奈、久しぶりだね。元気そうで…」
「ユキ。説明しなさい。」

杏奈はピンヒールを履いたまま、部屋に入ろうともしない。
キャバクラ仕様の派手な顔で、俺の手を見下ろした。そこには厚みのある封筒がある。
俺が何も言えずにいても、それだけで何もかも、わかってしまう。

杏奈は再び父親のほうを向いた。

「元気よ。あんたたちと離れてすっかり元気になったわ。」
「杏奈、本当にすまない…」
「相変わらずなのね。生きてて驚いたわ。こうして他人の金でなんとか生き延びてきたんでしょうけど。…ユキ。」

俺は顔を上げた。

「その金、貸して。」
「ああ…」

杏奈は力の抜けた俺の手から封筒をひったくった。
それを、思いっきり父親に投げつけた。

「二度と来ないで。さっさと帰って!!」

父親が泣きそうな顔で、だけど封筒はしっかりと持って、何か言おうとする。

「…タクシー代も、入ってますから。下にタクシー着いてます。」

掠れた俺の声で、諦めがついたらしい。肩を落として立ち上がった。
玄関で靴を履く父親を見下ろして、杏奈が吐き捨てた。

「恥知らず。」

父親は俺にだか杏奈にだか、深々と頭を下げてから、とぼとぼと部屋を出ていった。

なんで、あっちが悲しそうな顔をするんだ。
俺にはそれが許せない。

杏奈がどれだけ、悲しいか。
許せないことが、どんなに苦しいかーー…

やがてタクシーが走り去る音が聞こえてから、俺は杏奈の肩に手を触れた。

「アン…」
「悪かったわね。お金は、明日返すから。」
「いいよ、そんなことより…」
「よくないわよ。何よ、あの厚み。いくら?」
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