スノー アンド アプリコット
◆◆◆
夢を見た。
「お帰りー」
制服姿の杏奈が、俺に買わせたアイスの棒をくわえたまま、面倒くさそうに玄関に声をかけている。
ああ、これは、高校生のころ、杏奈が住んでいた家だ。
「げっ、親父さん? やべ、今何時?」
俺は慌て読んでいた漫画を投げ出す。そう、これが初めて杏奈の父親に会った時だった。
「まだ4時。最近一旦帰って着替えてまた出てくのよ。金策に奔走してんのよ、絶対。隠してるつもりだから笑っちゃうわ。」
冷めた杏奈の声を聞きながら、どんな父親だって挨拶しなければ、と俺は居間に飛び出した。
「初めまして、杏奈の彼氏の、東条雪臣です!」
ゴンッ、と頭に後ろから何かが直撃した。
「いってえ!」
「誰が彼氏だ、クソガキ!」
投げつけられたのは漫画だった。
「てめえ俺の漫画を粗末に扱うな!」
父親は目を丸くして俺を見ていた。
あまり杏奈にに似ていないんだな、と思った。
「東条くん? ああ、東条病院の…」
「ハイ!」
確かに父親は、疲れた様子で、痩せて、覇気がなかった。年を取ってから杏奈が生まれたのか、俺の親よりはるかに老けて見えた。
だけど嬉しそうに笑ったんだ。
「そうか、杏奈に峯山学園の友達がねえ。そうか、そうか…」
「友達じゃないわよ。下僕よ、こんなの。」
「下僕ってなんだよ! こんなのってなんだよ!!」
「これからも仲良くしてやってね。」
「ハイ!!」
「何がハイよ、ばーか。」
杏奈は呆れたように言う。そんな俺たちを父親はにこにこして眺めていた。
なんだ、優しそうな親父さんじゃん、なんて、俺はその笑顔を見ながら、思ったんだーー…
はっと目が覚めた。
目覚ましもかけずに寝てしまったが、まだ夜明け前だった。
どうしたって杏奈のことが気がかりだ。そう深くも眠っていられない。杏奈は少しでも眠れただろうか?
俺はシャワーも着替えも後回しにして、杏奈の部屋に入った。
「杏奈?」
鍵もかけずに、不用心な。
昨日のあの様子じゃ、無理もないか。
だが。
「アンーー……」
部屋は、もぬけの殻だった。