夢を忘れた眠り姫
男性はそこで再度、満面に下品な笑みを浮かべた。


「母親との契約なんか、ますますどうでも良くなっちまった。あんたと取り引きした方がよっぽど金になるし」

「な……」

「俺が何を言いたいのか、分かるよな?」


まるで冷水を浴びせられたかのように、一気に全身が冷えるのが分かった。


「あ。もちろん、あんた自身にどうこうしてもらおうなんて思ってないから。そんな余裕ないだろうし。ただ、あんたがあちらさんに泣きつけば、さぞかしたんまりと……」「永井さん?」


するとそこで突然、探偵の肩越しに声が割り込んで来た。

これまた覚えのあるシチュエーション。

そちらに視線を向けると案の定、数歩先に貴志さんが立っていた。

今にも遠退きそうになっていた意識が瞬時に覚醒する。


「ごめん。追い付いちまった。ところで、こんな場所でどうしたんだ?」


ここ最近の私にとっては世界一馴染みのある、平凡で他愛のない、だけど穏やかでいとおしい日常へと誘ってくれる声だから。

だけど…。

彼の登場に、純粋に安堵できる状況ではないという事に同時に気が付く。


「おっと。なんちゃって彼氏のおでましか」


おどけた口調でそう言葉を発する探偵を怪訝な表情で見てから、貴志さんは私に視線を移し、改めて質問して来た。


「こちらの方は?」「言っちまって良いのか?」


しかし間髪入れずに探偵が割り込む。
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