偽りの姫は安らかな眠りを所望する
涼しい木陰を探してうろついていたフィリスは、工具が入っていると思しき箱を肩に担いだダグラスと行き会ってしまった。
煩く言われる前に立ち去った方が得策だと踵を返すも、あっさりと追いつかれる。

「外でお見かけするなんて珍しいですね。どちらへ?」

「別に出かけるつもりじゃない。おまえこそ、なにをしているんだ」

フィリスがティアに頼まれて小屋から運び出した物の倍の重さはありそうな箱を、軽々と運ぶ様がやけに癪に障って、つっけんどんに訊く。
捲った袖から覗く日に焼けた逞しい腕は、フィリスのしなやか白い腕とは対照的だ。

「ああ、オレは――」

「ダグラス、こんなところでなにしてるの!? あら、フィリス様。こちらにいらしたんですか」

館の裏口から駆けてきたコニーが、ダグラスと一緒にいるフィリスに気づいておざなりなお辞儀をする。
どうも自分は、王族としてもこの館の主としても、ここの者たちにぞんざいに扱われているような気がしてならない。

フィリスがむくれるのも無視して、コニーがダグラスを急かした。

「早くしないとティアが戻ってきちゃう! そうだ、フィリス様。薬草摘みをしているティアのところへ行って、時間稼ぎをしてきてくださいな」

「はっ? どうして私がそんなことを……」

外の心地好い風を感じながら寝不足を解消しようと出てきたはずが、使用人に用事を言いつけられることになるとは。

「増えた香草の壺を並べる棚を、厨房に作ってやろうと思いましてね」

「留守の間に完成させて、ビックリさせてあげるんです。……最近の彼女、なんだか元気がないですから」

揃ってふたりから胡乱な目を向けられ、思わずフィリスは顔を逸らす。
コニーが丸い手の人差し指を顎に当てて、んーと口を尖らせた。

「そうですね。バリーがコケモモの砂糖煮を作りたいそうだからたくさん採ってきて、とでも伝えてください」

「コケモモ? もうそんな季節なのか?」

いくら朝晩は過ごしやすくなってきたとはいえ、少々時期が早いような気がしてフィリスが首を捻る。

「だからいいんじゃないですか。一緒に探し回ってきてください。簡単に帰ってきちゃダメですからねっ!」

「それから、先日の大雨で湖岸の地盤がまだ緩んでいる場所もありますから、足下に気をつけてくださいよ」

言いたいことだけを告げると、ダグラスとコニーはいそいそと館へ入ってしまう。

「あ、待て……」

引き留めようとした声にいったん振り返り、「いってらっしゃいませ」と大きく手を振られた。

瞬きを繰り返したフィリスは、一瞬だけ自分は本当に王族の血を引いているのだろうかと疑った。
もしそれが真実だったら、などと詮もないことを考えているのに気づいて自嘲の笑みを浮かべてしまう。

道すがら香草を摘んでいるのならば、まだそう遠くまでは行っていないだろう。
ため息ひとつを吐き出して、窓から見えたティアが向かっていった方角へと歩き始めた。
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