偽りの姫は安らかな眠りを所望する
* * *
そのまま食用となるもの。乾燥させて香茶などにも使用するもの。蒸留水を作るのもいい。
ティアの見立て通り、ミスル湖の周辺は香草の宝庫だった。
すべてを摘んで持ち帰るのは難しい。今日は収穫時期が終わってしまいそうなものや、取り急ぎ入り用とするものを厳選することにした。
それでも背負ってきた籠は、そろそろ一杯になってしまう。
ティアは立ち上がり、屈んでいた腰をトントンと叩くと大きく伸びをする。
夢中で採取しながら進むうちに白薔薇館の姿は木立に隠れ見えなくなっており、ずいぶんと遠くまできていることに気づいた。
湖面を渡ってくる風が心地好い涼を運んでくる。
風上に顔を向け鼻をクンと鳴らす。気のせいではない。やはりあの薔薇の香りが濃くなっている。
重たくなった籠を背負うと、花の匂いに誘われるの蝶ように辿り始めた。
湖の周囲をぐるりと回るように進む。道と言えるもののない草の生い茂る湖岸は、この間の大雨で一時的に水位が増していたせいか湿気が多い。
行く先々に点在するぬかるみに足を取られそうになりながら、それでも香りのもとを突き止めたいという想いが、ティアの歩を続けさせる。
ふと顔を上げ前方を見晴るかすと、少し高台になった場所で日の光を受けたなにかがキラリと光った。ティアは、ヘルゼント家へ向かったときに、馬車の上からも同じような光景を見ことを思い出す。
そして例の薔薇の香りも、そちらの方向から漂ってきているような気がした。
目的地をそこに据えて、再び歩きだそうをしたティアを呼ぶ声が微かに聞こえる。
不審に思い耳を澄まして声の方角を拾うと、さっき見つけたものとは正反対の方からキラキラと光るものが近づいてきていた。
「フィ、フィリス様……?」
彼はよほど急いできたのか息を弾ませ、頬を薄らと赤く染めている。白金の前髪が張り付く白い額に浮かべた珠のような汗を、袖口でグイッと拭った。
あと数歩のところで立ち止まり、両膝に手を当て肩を上下させながら息を整えていたフィリスが、顔だけを上向けて紫の瞳をティアに向ける。
その鋭さにティアは思わず片足を引くと、くるりと彼に背を向け走り出した。
そのまま食用となるもの。乾燥させて香茶などにも使用するもの。蒸留水を作るのもいい。
ティアの見立て通り、ミスル湖の周辺は香草の宝庫だった。
すべてを摘んで持ち帰るのは難しい。今日は収穫時期が終わってしまいそうなものや、取り急ぎ入り用とするものを厳選することにした。
それでも背負ってきた籠は、そろそろ一杯になってしまう。
ティアは立ち上がり、屈んでいた腰をトントンと叩くと大きく伸びをする。
夢中で採取しながら進むうちに白薔薇館の姿は木立に隠れ見えなくなっており、ずいぶんと遠くまできていることに気づいた。
湖面を渡ってくる風が心地好い涼を運んでくる。
風上に顔を向け鼻をクンと鳴らす。気のせいではない。やはりあの薔薇の香りが濃くなっている。
重たくなった籠を背負うと、花の匂いに誘われるの蝶ように辿り始めた。
湖の周囲をぐるりと回るように進む。道と言えるもののない草の生い茂る湖岸は、この間の大雨で一時的に水位が増していたせいか湿気が多い。
行く先々に点在するぬかるみに足を取られそうになりながら、それでも香りのもとを突き止めたいという想いが、ティアの歩を続けさせる。
ふと顔を上げ前方を見晴るかすと、少し高台になった場所で日の光を受けたなにかがキラリと光った。ティアは、ヘルゼント家へ向かったときに、馬車の上からも同じような光景を見ことを思い出す。
そして例の薔薇の香りも、そちらの方向から漂ってきているような気がした。
目的地をそこに据えて、再び歩きだそうをしたティアを呼ぶ声が微かに聞こえる。
不審に思い耳を澄まして声の方角を拾うと、さっき見つけたものとは正反対の方からキラキラと光るものが近づいてきていた。
「フィ、フィリス様……?」
彼はよほど急いできたのか息を弾ませ、頬を薄らと赤く染めている。白金の前髪が張り付く白い額に浮かべた珠のような汗を、袖口でグイッと拭った。
あと数歩のところで立ち止まり、両膝に手を当て肩を上下させながら息を整えていたフィリスが、顔だけを上向けて紫の瞳をティアに向ける。
その鋭さにティアは思わず片足を引くと、くるりと彼に背を向け走り出した。