偽りの姫は安らかな眠りを所望する
「あっ、おい。ティア!?」

背後から声が投げられたが、ティアは足を止められない。

ずっと避けられていたと思っていたフィリスが、なぜか向こうからやって来たことに戸惑い、どう接すればいいのかわからなくなったのだ。

とりあえず逃げよう。そんな思考が働いた。

だが荷物を背負ったティアと、いくら疲れているとはいえ男のフィリスとでは勝負になるはずもない。いくらも行かないうちに、呆気なく追いつかれてしまった。

「なぜ逃げるっ!!」

手首を掴まれるが、無我夢中で駆けていた勢いは殺せない。そのうえ湿った土の上の青草で滑ったティアは、悲鳴を上げてそのまま倒れ込む。

が、覚悟していた草むらとは違う感触を身体に感じて驚いた。地面と自分の間に、フィリスの身体があったからだ。

「きゃあ! フィリス様っ、大丈夫です……か!?」

ふたりの顔の距離が、ティアの脳裏に先日の夜の一件を蘇らせて動きも息も止まる。彼女の下で眉を歪めるフィリスから苦しげな声が聞こえた。

「……い、いか、ら。早く、どけ」

「うわわっ。すみません」

あたふたと起き上がってみれば、籠の中身は辺りにものの見事にぶちまけられている。ティアは赤い顔を隠しながら、散らばった香草たちを黙々と拾い始めた。
下を向きながら籠の中にぽいぽいと放り込む手が自分のものとは違う手とぶつかり、慌てて引っ込める。

「ありがとう、ござい……ます」

草や泥に汚れた服を気にするふうでもなく、フィリスが同じようにしゃがんで拾ってくれていた。そんな様子はティアがまだ彼の正体を知る前、フィルとしての姿を連想させる。

凜とした佇まいでティアと対面した王女も、凍えるような視線で彼女を見下ろしたフィリスも、そして少し意地っ張りのくせに瓶の蓋が開いたことを屈託なく喜んだフィルも。すべては同じ人物。
どの彼が本当の姿なのだろうか。

ティアは複雑な思いで彼を見つめた。
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