偽りの姫は安らかな眠りを所望する
すると唐突に、

「……悪かった」

彼女の視線から決まりが悪そうに顔を逸らしたフィリスが、ポツリと謝罪の言葉を口にする。
ティアが瞬きを繰り返しさらに凝視すると、ますます顔を背けてしまう。

「伯爵の屋敷でのことだっ! 乱暴なマネをして悪かったと言っている」

とても謝っているようには思えない口調だが、そっぽを向いたフィリスの耳の縁が赤く染まっていることに気づいて、ティアは思わずクスリと笑みを零した。

全身を針のように尖らせる彼も、子どものように些細なことでヘソを曲げる彼も、どれもみんなフィリスなのだ。

「あたしの方こそ、フィリス様のお気持ちも考えず無神経なことをしました。申し訳ありません」

「あ、いや。ティアは別に……」

反対に頭を下げられますます白い肌が赤みを増していく。

「でも。もう冗談でもあんなことは止めてください」

「じょっ!?」

目を見開いてようやくこちらに向き直ったフィリスに、ティアは表情を引き締めた。

「両親が……、母の生まれがどんな家だったとしても関係ありません。あたしはティア=ベレンゲル。サランの農村の小さな家で暮らしていたアルベルトとルエラの娘。そして、たとえ血は繋がっていなくても、香薬師マールの孫なんです」

マールと過ごした日々の中で与えられた愛情が、偽りだったとは思えない。だから、とティアは息を吸う。

「ヘルゼント伯爵家とはなんの関係もありません。あたしはただの香薬師の卵です。フィリス様の、その……こっ子を産む、なんて、ありえませんからっ!」

顔から火が吹き出そうなほど真っ赤になったティアは、そそくさと籠を背負いスタスタと歩き始めた。

なぜフィリスが自分を追ってきたのかなどと考える余裕はない。今度はティアの方がまともにフィリスの顔を見ることができなくっていた。

自然と足は小高い場所を目指す。
後ろから草を踏む音がついてきていることにも気づいていたが、気恥ずかしくて振り向けない。

目的地に近付くにつれ、薔薇の香りはどんどん強くなっている。フィリスも感じているはずだが、彼が引き返すことはなかった。
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