偽りの姫は安らかな眠りを所望する
 * * *

丘を少し下った場所に建つレンガ造りの建物へと、眠りこけるフィリスを抱きかかえたセオドールはティアを案内した。

屋内に入る前、並んで建つ立派な温室が目に入って驚く。伯爵家にも温室が備えられており一年中何かしらの花を咲かせていたが、ここまでの規模のものはそうはないだろう。

ミスル湖沿いの林の中に、こんな建物があることにまったく気づいていなかった。
立ち止まり興味津津で眺めていたティアに、セオドールがクスリと笑う。

「気になる? 良かったら、あとで案内しようか」

その提案を満面の笑みで感謝すると、セオドールが嬉しそうに目を細めた。

「やっぱり君はマールさんの一番弟子なんだね」

彼女のことも知っていたのか。訊きたいことが、次から次へと生まれてくる。そう思ったティアをセオドールは柔らかな笑顔ではぐらかし、木戸を開けて中に入ってしまう。

慌ててその後を追いかけると、セオドールが片隅に据え付けられた簡素な寝台に、そっとフィリスを下ろしたところだった。

「こんなところに王子様を寝かせたら、怒られてしまうかな」

苦笑交じりで乱れた髪を整えてやる仕草は、我が子の寝顔を見守る父親のようにも見える。

彼は背負ってきた籠を部屋の隅に置いたティアに椅子を勧めると、お茶の準備を始めた。
当然ティアは手伝いを申し出たが断られ、落ち着かない腰を椅子に据えて室内を不躾に見回す。

あちらこちらに花の手入れに使われる道具が置かれ、鉢に植えられた薔薇の苗もいくつもあった。それに、精油を製造するための本格的な設備もあるようだ。

「ここと温室は、元は僕たちの父があの薔薇のために建てたものなんだよ」

物珍しげに視線を泳がせていると、セオドールが疑問に答えてくれた。
作業用の四角い机に彼が置いたカップから、ふわりと湯気と共にふくよかな芳香が立ち上る。遠慮なく口に含むと、鼻に抜ける優雅な香りと一緒に仄かな甘みが感じた。

「薔薇茶……。これはあの薔薇で?」

「そう。摘蕾したものとか、花びらを乾燥させて……って、こっちの作り方は君の方が専門家だね」

口角を少し上げて微笑み、お茶を一口啜る。
身に着けているものも手にするカップも粗末なものなのに、洗練された所作に感じるのは、ティアが領主の子息だという彼の素性を知ってしまったからなのだろうか。

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