偽りの姫は安らかな眠りを所望する
セオドールは薔薇に鼻を近づけ、大きく息を吸った。

「薔薇の効能は?」

唐突に問われて、ティアは頭の中でマールに叩き込まれた知識を総動員させる。

「女性特有の不調を整える働きや、消化機能を助ける作用などいろいろありますけれど。一番知られているのはやはり『癒やし』でしょうか」

華麗に咲く花に加え、なんといってもうっとりするような甘い芳香が、心身を癒やしてくれる。それゆえに、古来から人の心を惹きつけて止まない。

「そうだね。父もこの花に過剰なまでの癒やしを求めてしまったんだ」

「でも、お父様はご家族もいらっしゃいましたし、領内も安定していたと聞きましたけど」

ラルドからの受け売りだが、そこに嘘があったようには思えない。身上を潰すほど薔薇の栽培にのめり込む理由が、ティアにはわからなかった。

「僕も……僕たちもそう思っていたんだ。あの頃の僕はまだ幼すぎて、父の抱えているものを理解できなかった」

過去の自分を恥じるようにセオドールは表情を曇らせる。

「守るものが多ければ多いほど、人の心は疲れていく。そして僕たちの父は、こんな小さな領地を守ることさえ大きな負担に感じるほど、心の脆い人だったってわけ」

ギリギリで保っていた領主としての責任感が、初めて経験した予想外の不作という事態で急に重く感じられるようになったのだろう。優しさと心の弱さは紙一重。領民を守らなければいけないという思いが彼を追い詰め、彼の心を歪めさせていった。

「そんな父の心にできた傷に、この匂いが染みついて取れなくなってしまったんだね」

弱った心には、濃厚な甘い芳香が媚薬として作用してしまったのか。凜と咲き香る薔薇に恋い焦がれ、彼らの父は身を滅ぼした。

「両親が亡くなって、姉が国王陛下の元へいって。僕は、ヘルゼント伯の計らいで遠国の寄宿学校へ入れられたんだ」

ブランドル家の手が及ぶのを回避するための処置だった。ということは――。
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