偽りの姫は安らかな眠りを所望する
「……ダグラスさんは、セオドールさんがフィリス様の叔父様って知っているんですね?」

「もともとあの家に仕えてくれていたからね。子どもの頃はよく遊んでもらったな。その彼に無理矢理引き留められて、けっきょくここにまた戻ってきちゃったってわけ」

冷めたお茶をひと口啜るとふうと嘆息を漏らし、口元に自嘲の笑みを浮かべる。

「伯爵は一時的に預かっていたこの地をベイズ家に返そうとしたけれど、僕はそれを断ったんだ。その代わりに荒れ果てていたこの施設を修繕して、薔薇の改良を続けさせてもらっている」

ティアは寝ているフィリスの後ろ姿を確認してから、いっそう声を潜めて身を乗り出した。

「どうしてなんです? せっかくロザリー様が守ってくれたのに」

言葉の端に自然と非難が籠もる。彼女の悲運を知ってしまったティアには、簡単に納得できるものではない。
眉を険しく寄せるティアの視線から逃れるように、セオドールは席を離れ新しい茶の用意を始める。

「……だから、かな」

カチャカチャという食器の音に紛れて呟きが零される。ティアはそれを聞き漏らさぬよう、耳を傾けた。

「フィリスは伯爵家に領地をだまし取られたように思っているみたいだけど。僕はここに帰ってきて感じたんだ。父が治めていたときよりこの地は遙かに潤っている。今更、領主としてなんの知識も心構えもない僕が舞い戻ってきたところで、歓迎する者なんて誰もいないだろうね」

「そんなこと……」

「やってみなければわからない?」

言おうとした台詞を先に盗られててしまい、ティアは渋々頷く。芳醇な香りを漂わせる極薄く色付いたお茶が、再びふたつのカップに満たされた。
その香りを湯気と一緒に吸い込むと、トゲトゲとし始めていたティアの心に平静を取り戻させる。その頃合いを見計らって、セオドールは話を続けた。

「でもね、ティア。人や土地を治めることって、やってみてダメだったっていうのは許されない世界なんだよ。失
敗は取り返せばいい? じゃあ、そのせいで亡くなった人の命はどうするの?」

静かに淡々と語られて、両手で包んだカップの中に漣が立つ水面を見ていたティアの濃紺の瞳が僅かに大きく開く。
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