偽りの姫は安らかな眠りを所望する
「どうして今まで黙っていた! なんで今になってそんなこと、話すんだ!」

「フィリス様、起きてらっしゃったんですか?」

いつから、と驚くティアに対して、セオドールはまるで起きていたことを知っていたかのように平然と、彼の分のお茶の用意を始める。
セオドールは手元から目を離さずに小さくため息を吐いた。
沸かしたての湯を注ぐ音が、嫌に大きく聞こえるくらい静まりかえる。ゆっくりと抽出を待つ間も、彼は無言でポットを眺めていた。

言葉を待つことに痺れを切らしたフィリスが立ち上がり、つかつかとセオドールに近づいていく。

「言えるわけないでしょう?」

蒸らし終わったお茶をカップに注ぎながら、ようやくセオドールが口を開いた。

「これから王になるかもしれない方の叔父が、唯一の身内も家に対する責任も、全てを捨てて逃げ出した腰抜けだった、なんて」

真後ろまで辿り着いたフィリスが立ち止まり、自分より広い背中に辛辣な皮肉を投げつける。

「そしてまた、あの薔薇たちも私も捨て、置いて行くつもりだというんだな?」

責め立てるフィリスに動じることなくセオドールは作業を続ける。彼が持つカップからは場違いなほど芳しい香りが漂っているが、今はとても癒やしの効果など期待できそうもない。
ぴりぴりと室内の空気が張り詰め、ティアは息をするのも辛くなる。

フィリスはセオドールとの距離を更に詰め肩を掴んで向きを変えさせると、自分より高い位置にある胸倉を掴んだ。
無理に捻られた勢いが、いっぱいに満たされたカップの水面を大きく揺らし、淹れられたばかりの薔薇茶が器から躍り出る。

「危ないっ!」

ティアの上げた小さな悲鳴が、セオドールの手から落ち床に転がった、武骨な木製のカップが立てた鈍い音と重なる。薔薇の香りを放つ染みが木の床に広がるが、フィリスは構うことなく食ってかかっていく。

セオドールは自分の胸元を締め上げるフィリスの手に、やんわりと自分の手を重ねる。その手を見てティアが顔をしかめた。
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