偽りの姫は安らかな眠りを所望する
ばたばたと足音を立てて廊下を駆けるティアは、厨房へ向かうモートン夫妻や、大きな欠伸をしながら歩いてくるコニーにすれ違いざまに挨拶をする。あまりの慌て振りに皆が振り返るが、止まって言い訳している余裕はない。
更に進むと、早朝にもかかわらず、ピンと背筋を伸ばしてきびきびと廊下を進むカーラにも出会った。作法に厳しい彼女とは足を止め朝の挨拶を交わすが、早々に立ち去ろうとするティアをカーラが呼び止める。彼女はさっとティアの全身に目を這わせると、不審げに眉根を寄せた。
「なにかありましたか? 昨夜はなかなかフィリス様のところから戻って来ないので、先に休ませてもらったのですが」
「い、いえ! 特になにも!! 世間話が弾んで、ついお部屋に長居をしてしまっただけで。……部屋に忘れ物を取りに行きたいので、失礼しますっ」
逃げるように角を曲がって急な階段を駆け上る。自室の扉を後ろ手で閉めた頃には、いろいろな意味の汗がじっとりと滲みんでいた。
息を整えながらボサボサになっている髪を梳き、いつものように項でまとめて縄のように編もうと小さな鏡を覗く。紅潮して薄らと色付いた頬と見慣れたはずの濃紺の髪の対比が、いつもと違って見えるのはティアの気のせいか。
しばらくじっと鏡の中の自分と対峙していたティアは、再び手を動かし始める。
確かこの前、伯爵の屋敷でシーラはこんな風に結っていたはず。
朧気な記憶を頼りにいつもとは違う髪型に挑戦してみるが、やがて自分ではどうしようもできないことを悟った。
それでもほんの少しでも変化が欲しくなって、左右に細く編み込みを作ってみる。たったその程度でも華やいだ気分になった。
「いけない!」
夢中になりすぎて時間を忘れていたティアは、今度は転がるように階段を下っていく。息せき切って駆け込んだ厨房ではすでに食欲を刺激するいい匂いが漂い、主人に出す朝食の用意が調えられていた。
「遅くなってすみません!」
「ああ、やっと来たよ。謝る前に手を動かしな!」
盛り付けをするデラに窘められて、ティアは大急ぎで朝の香茶の準備にかかる。昨日の彼の様子だと、食欲不振も睡眠不足もほとんど解消されただろう。
爽やかさを感じられる、さっぱりとした後味の良い配合を心掛けた。
更に進むと、早朝にもかかわらず、ピンと背筋を伸ばしてきびきびと廊下を進むカーラにも出会った。作法に厳しい彼女とは足を止め朝の挨拶を交わすが、早々に立ち去ろうとするティアをカーラが呼び止める。彼女はさっとティアの全身に目を這わせると、不審げに眉根を寄せた。
「なにかありましたか? 昨夜はなかなかフィリス様のところから戻って来ないので、先に休ませてもらったのですが」
「い、いえ! 特になにも!! 世間話が弾んで、ついお部屋に長居をしてしまっただけで。……部屋に忘れ物を取りに行きたいので、失礼しますっ」
逃げるように角を曲がって急な階段を駆け上る。自室の扉を後ろ手で閉めた頃には、いろいろな意味の汗がじっとりと滲みんでいた。
息を整えながらボサボサになっている髪を梳き、いつものように項でまとめて縄のように編もうと小さな鏡を覗く。紅潮して薄らと色付いた頬と見慣れたはずの濃紺の髪の対比が、いつもと違って見えるのはティアの気のせいか。
しばらくじっと鏡の中の自分と対峙していたティアは、再び手を動かし始める。
確かこの前、伯爵の屋敷でシーラはこんな風に結っていたはず。
朧気な記憶を頼りにいつもとは違う髪型に挑戦してみるが、やがて自分ではどうしようもできないことを悟った。
それでもほんの少しでも変化が欲しくなって、左右に細く編み込みを作ってみる。たったその程度でも華やいだ気分になった。
「いけない!」
夢中になりすぎて時間を忘れていたティアは、今度は転がるように階段を下っていく。息せき切って駆け込んだ厨房ではすでに食欲を刺激するいい匂いが漂い、主人に出す朝食の用意が調えられていた。
「遅くなってすみません!」
「ああ、やっと来たよ。謝る前に手を動かしな!」
盛り付けをするデラに窘められて、ティアは大急ぎで朝の香茶の準備にかかる。昨日の彼の様子だと、食欲不振も睡眠不足もほとんど解消されただろう。
爽やかさを感じられる、さっぱりとした後味の良い配合を心掛けた。