偽りの姫は安らかな眠りを所望する
「これをやろう」
驚いて見上げたティアの手のひらに、背後から伸びてきていた手が丸く赤いものを落とす。身体を捻って振り向くと、そこにはフィリスが立っていた。
「セオドールからもらってきた」
井戸水で冷やされていたのだろうか。ほどよく冷えたスモモは、瑞々しくて美味しそうだ。
「セオドールさんのところへ行かれたんですか?」
「ああ、手の……」
言いかけて止めてしまったフィリスは、立ったまま大きな口を開けてスモモを囓る。
きっと火傷の具合を気にかけ叔父の元を訪ねたのだろう。責任を感じてはいるが、素直に認めたくなくてごまかした、というところか。
「少し酸っぱいぞ。まだ熟れていないものを渡したんじゃないだろうな」
真っ赤な果肉を頬張りながら、照れ隠しに毒突いてみせる。
ティアは腰を横にずらして場所を空けると、フィリスに隣を勧めた。彼は少しも躊躇わずにただの石に座る。そのことになぜかほっとして、ティアもスモモを囓った。
甘酸っぱい果汁が労働で疲れた喉を潤してくれる。あっという間に食べ終わってしまうと、フィリスは手品のようにもうひとつ差し出した。
「フィリス様は食べないんですか?」
「ああ。私はもういい」
押しつけるようにティアに渡してしまうと、彼は不思議そうに洗濯物の山に近寄っていく。
「これを全部ティアが洗うのか?」
「はい。皆さん、お忙しいみたいで」
コニーばかりではない。ここ最近の白薔薇館全体が、朝から晩までどことなくぴりぴりとした忙しさに追われているのは薄々感じていた。そしてそれは、ティアたちがヘルゼント伯爵の屋敷から帰ってきてからのことで。
彼らの行動はラルドの言葉を裏付けるに十分すぎて、ティアは手の中のスモモに目を落とす。フィリス本人に尋ねてしまえば、予想が覆しようのない事実になってしまいそうで、ティアにはそれができずにいる。