偽りの姫は安らかな眠りを所望する
「やっぱりティアと同じ。いい香りがする」

フィリスは満足そうに破顔する。どちらかといえば、彼からの方がずっといい匂いがしそうだ。

「そんなはずは……」

思わず自分自身をくんくんと嗅いでしまった。

「あっ! もしかしたら。石鹸を衣類などとまとめて同じ箱に入れてあるんです。そのせいかも」

「そんなことでか?」

自分にも薔薇の移り香が染みついていることの自覚がないのか、納得がいかない様子のフィリスの顔がまた迫ってくる。

「ちょ、ちょっと、止めてください。こんなんじゃあ、いつまで経っても洗濯が終わりませんからっ!」

両腕を突っ張り彼の胸を押し返す。洗濯もだが、先ほどから煩いくらいに鳴るティアの心臓ももたなくなってしまいそうだ。
彼女の必死さが伝わったのかフィリスは思いのほかあっさりと引き下がり、石鹸を使って洗濯を再開した。


結局、昼を挟んでようやく洗濯が終わり、なんとか日暮れまでには大半のものが乾きそうだ。午後から少し強くなってきた風と、最後の一枚まで手伝ってくれたフィリスに感謝する。

手のひらにちょこんと乗るくらいに小さくなってしまった石鹸を、フィリスは戦利品の如く誇らしげに見つめていた。

「これをもらってもいいだろうか?」

「ほかにも作り置きがありますから、そちらを今日のお礼に差し上げます」

「いや、これで構わない。これがいい」

始めのうちに洗い終わりすでに乾いていた手巾を取ると、フィリスは宝石のように石鹸を包む。その指先を見て、ティアは悲痛な表情になる。

「手がこんなになってしまって、すみません。……やっぱりお止めすればよかった」

「だから、ティアが謝る必要はないと言っているだろう! 私が、私のしたいようにしただけなのだから。――でもそうだな、もしどうしてなにかで償いたいというのなら」

フィリスは見覚えのあるイタズラな笑みを浮かべて、俯いていたティアの顎先に手を伸ばす。
冷えた指先で持ち上げられた顔は紫の瞳に搦め捕られ動かすこともできず、唯一ティアに可能だったのは、干上がった喉にコクンと唾を流しこむことだけ。

その細い喉の動きを確認してから、フィリスは真っ赤に染まる耳に唇を寄せて囁いた。

「今宵も必ず、私の部屋へ」

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