偽りの姫は安らかな眠りを所望する
さすがに痺れてきたティアの足が、自分の意志とは関係なく小刻みに震え始めてしまう。するとフィリスが跳ね起きて、きょろきょろと辺りを見回し息をつく。

「……どのくらい寝ていた?」

決まり悪そうに、放置されたままだった帽子を草の上から拾って深く被り直す。

どれほどだろうかと、ティアは首を傾げた。ごく短時間の気もするし、とても長い間にも思える。自分の気持ちを落ち着かせるだけで精一杯で、時間を気にする余裕など全くなかったのが本音だ。

それなのにどうだろう。フィリスは「あのこと」がなかったように振る舞っている。というよりも、本当に彼には覚えがないのだと思い知らされた。
自分ばかりが一方的にかき乱された感情を持て余したティアが、ぷいと顔を逸らす。

「少なくとも、あたしの足が痛くなる程度には」

実際、いますぐには立ち上がれそうもない足をこれ見よがしに擦ると、フィリスは神妙な顔で膝を揃える。

「すまなかった。なぜか、いままでにないくらい気持ち良く眠れたんだ。その……歩けないようなら、背負っていこうか?」

湖から吹いてくる風は、だんだん涼しくなってきている。まだ日が高いとはいえ、そろそろ戻らないといけない頃合いだろう。

結局魚は一匹も釣れず、昼食を摂り、フィリスに至っては昼寝をしただけで終わってしまった。なんでもない一日に、ティアはふっと笑みを零す。

館に戻れば、また主人と使用人に戻る。更に明日には、一国の王子と香薬師見習いという、爪の先ほども関わりのない間柄になるのだ。

たとえあれが、事故や偶然に起きたことだとしても。

無意識に指でなぞった唇に残る彼の名残を、ティアは今日という日の思い出に刻む。

「大丈夫。お茶を一杯飲む時間さえもらえれば、治るから」

まだ残っていた水色の茶をふたり分注いで、カラカラに渇いていた喉へと少しずつ染み込ませていった。


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