偽りの姫は安らかな眠りを所望する
不意に向きを変えた風が薔薇の香りを運んでくる。風上を見やれば、小高い丘の上で光るロザリーの墓石が確認できた。
彼の人に別れを告げるようにしばらく黙祷を捧げる。

ひらりと舞い落ちてきた一枚の花びらを合図にして、ふたりはミスル湖畔を後にした。


温室で作業を続けていたセオドールに、フィリスは礼と苦情を言う。馬を連れてくると彼が出て行ってから、ティアはセオドールにひとつ頼み事をした。
一瞬驚いた顔をした彼だったが、詳しい事情は訊かず快く承諾してくれたことへ、ティアは謝意を示す。

「申し訳ありませんが、よろしくお願いします」

頭を下げる彼女の頭をセオドールは優しく撫でてくれた。

「お安いご用さ。君になら安心して任せられるよ。じゃあ、明日ね」

「はい。明日」

まだここに残るという彼に別れを告げて、白薔薇館への帰路を辿る。
行きはあれほど早く着かないかと願っていた道が、今はいつまでも続けばいいと思ってしまう身勝手さに、ティアは嘆息を漏らす。

「疲れたか?」

すぐ側で気遣う声の優しい甘さが、逆に辛くなって俯いた。

「ならば、今宵は……」

「平気です。今夜が、最後ですから」

ティアは口調を戻すと共に、己の立場を再認識する。ここがお互いの顔が見えない馬上で良かったと、ティアは心の底から思っていた。

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