偽りの姫は安らかな眠りを所望する
彼の気配が完全に消えるのを確認し、フィリスは椅子の背もたれに背中を預けて天井を見上げる。
「あれは本当にイワンなのか? ブランドルの?」
フィリスは誰かに確かめずにはいられないほど、彼の出自が信じられなかった。これまでほとんど接触がなく、彼の為人を知る余裕などはなかったが、それにしても想像と違いすぎている。
「ええ、正真正銘のイワン王子ですよ。アイリーン王妃の一人息子の」
「おまえ、まさか私に偽りを……」
今まで聞いていた昔話は、彼の作った絵空事ではないのかと疑うフィリスを、ラルドはふんと鼻で笑う。
余裕を見せるラルドへ不審に満ちた視線を送ると、彼は窓際に飾られていた深紅の薔薇を一本抜き取った。一枚一枚、花占いでもする娘のように花びらを毟って床に落とし始める。
「すべて事実ですよ。他の者に確かめてもらっても構いません。――殿下は薔薇の栽培にはお詳しいですか?」
「薔薇?」
つい先日まで忌み嫌っていた花の育て方など知るはずもない。
「そう。株を増やすにはいくつかの方法があるのですが、そのひとつに『接ぎ木』というものがありまして」
いきなり語り出したラルドを訝しみながらも、フィリスは黙って耳を傾ける。
「『台木』となるノイバラに別の種類の薔薇の小枝を接ぐんです。すると、ノイバラとはまったく異なる花が咲く。それと同じことをしたのですよ」
ラルドは花びらを全部落として茎だけになった薔薇を花瓶に戻した。方向を変えた足が花びらを踏み、絨毯に染みを作る。
「王族に産まれた男子は、年端もいかぬうちから相応の教育を受けることになります。その時、共に学ぶ貴族の子弟のほとんどが反ブランドル派だとしたら?」
無闇に排除するのではなく、甘い水を過剰なまでに撒き続け根元を腐らせる。朽ちるぎりぎりのところで新たな水をやり肥料を与え、害虫を駆除し、枯れかけていた母なる木とは違う花に育て上げた。
甲斐甲斐しく世話に精を出した筆頭が、他でもないラルドだ。そうして、彼は思い通りの花を咲かせる薔薇を作ることに成功した。
「ずいぶんと手間暇をかけたものだな。ならば、私など不要ではないか」
呆れを通り越して感心すらしてしまう。懐柔するどころか、イワン王子を完全に自分の所有物と化しているのだ。このまま彼が王位に就けば、ヘルゼント家が政権を握ったも同然になるだろう。
「彼はあくまで保険です。さすがに流れる血まで入れ替えることはできませんからね」
そううそぶいて薄ら笑いを浮かべるラルドなら、してのけそうな気がするのはフィリスの思い過ごしなのか。
様々な要因から頭が痛み出したフィリスは、ラルドに退室を促した。
「では、ご支度のできる頃お迎えに上がります」
この後、公的なものではないが、フィリスには国王との謁見が予定されている。その席で正体を明かすという約束をラルドとしていた。
静かに閉められたはずの扉の音が頭に響いて、気持ちが悪い。
まだ時間がある。少し睡眠を摂ろうと、フィリスは控えの間にいるカーラを呼んだ。
「あれは本当にイワンなのか? ブランドルの?」
フィリスは誰かに確かめずにはいられないほど、彼の出自が信じられなかった。これまでほとんど接触がなく、彼の為人を知る余裕などはなかったが、それにしても想像と違いすぎている。
「ええ、正真正銘のイワン王子ですよ。アイリーン王妃の一人息子の」
「おまえ、まさか私に偽りを……」
今まで聞いていた昔話は、彼の作った絵空事ではないのかと疑うフィリスを、ラルドはふんと鼻で笑う。
余裕を見せるラルドへ不審に満ちた視線を送ると、彼は窓際に飾られていた深紅の薔薇を一本抜き取った。一枚一枚、花占いでもする娘のように花びらを毟って床に落とし始める。
「すべて事実ですよ。他の者に確かめてもらっても構いません。――殿下は薔薇の栽培にはお詳しいですか?」
「薔薇?」
つい先日まで忌み嫌っていた花の育て方など知るはずもない。
「そう。株を増やすにはいくつかの方法があるのですが、そのひとつに『接ぎ木』というものがありまして」
いきなり語り出したラルドを訝しみながらも、フィリスは黙って耳を傾ける。
「『台木』となるノイバラに別の種類の薔薇の小枝を接ぐんです。すると、ノイバラとはまったく異なる花が咲く。それと同じことをしたのですよ」
ラルドは花びらを全部落として茎だけになった薔薇を花瓶に戻した。方向を変えた足が花びらを踏み、絨毯に染みを作る。
「王族に産まれた男子は、年端もいかぬうちから相応の教育を受けることになります。その時、共に学ぶ貴族の子弟のほとんどが反ブランドル派だとしたら?」
無闇に排除するのではなく、甘い水を過剰なまでに撒き続け根元を腐らせる。朽ちるぎりぎりのところで新たな水をやり肥料を与え、害虫を駆除し、枯れかけていた母なる木とは違う花に育て上げた。
甲斐甲斐しく世話に精を出した筆頭が、他でもないラルドだ。そうして、彼は思い通りの花を咲かせる薔薇を作ることに成功した。
「ずいぶんと手間暇をかけたものだな。ならば、私など不要ではないか」
呆れを通り越して感心すらしてしまう。懐柔するどころか、イワン王子を完全に自分の所有物と化しているのだ。このまま彼が王位に就けば、ヘルゼント家が政権を握ったも同然になるだろう。
「彼はあくまで保険です。さすがに流れる血まで入れ替えることはできませんからね」
そううそぶいて薄ら笑いを浮かべるラルドなら、してのけそうな気がするのはフィリスの思い過ごしなのか。
様々な要因から頭が痛み出したフィリスは、ラルドに退室を促した。
「では、ご支度のできる頃お迎えに上がります」
この後、公的なものではないが、フィリスには国王との謁見が予定されている。その席で正体を明かすという約束をラルドとしていた。
静かに閉められたはずの扉の音が頭に響いて、気持ちが悪い。
まだ時間がある。少し睡眠を摂ろうと、フィリスは控えの間にいるカーラを呼んだ。