偽りの姫は安らかな眠りを所望する
ティアが別れ際に渡した壺を手に、部屋に入ってきたカーラの面持ちはかなり渋い。

「本当にこちらを召し上がるのですか?」

壷を顔から遠ざけ嫌そうな顔で蓋を開けると、なんとも言い難い匂いが鼻につく。以前、ティアが意地悪をしてみせたあの香薬だ。
あまりにも酷い匂いなので試すのを躊躇っていたフィリスだったが、夜はもちろんのこと、昼間も乗り慣れない馬車に揺られての旅だったせいで、ほとんど眠れていない日が続いていた。

ようやく落ち着いたところで休むことができる。数刻後の謁見を、少しでもよい体調で迎えたい。
そう思っての決心が、部屋に充満し始めた香りでぐらりと揺らいだ。
少しでも新しい空気を取入れたいたのか、カーラは開いてた窓という窓を更に広く開ける。

「効果は薄れますが、他の香草と混ぜても構わないとのことなので、そういたしましょうか?」

壺と一緒に手渡された紙を広げて確認していたカーラが、不意に眉根を寄せて独りごちた。

「こんなシミ、最初からあったかしら?」

「どうかしたか?」

しきりに首を捻っていたカーラは紙をおずおずと差し出し、それをフィリスが受け取る。
香薬の使用法は上半分ほどを使って書かれており、内容にも特に不審な点はない。
しいていえば、濃く煎じたものを酒と一緒に飲用すると効果が過剰に働き、長時間、場合によっては数日にわたり深い眠りに陥ることもあるので、十分気をつけるようにという少々物騒な注意書きくらい。

カーラが気になったのは、不自然なほど大きく明けられた下半分の余白。そこに浮き出るように点在している、薄茶のシミのことだろう。一見、ただの汚れのようにも見えないこともないが……。
紙に鼻を近づけてフィリスが嗅ぐと、紙やインクのものとはあきらかに違う香りがする。

「……火を、くれないか」

訳がわからないまま、カーラが灯した蝋燭を持ってくると、フィリスはその炎で紙を炙り始めた。すると薄かったシミは更に濃くなる。いままでなにもなかった部分にもそれが広がり、形を成していく。
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