偽りの姫は安らかな眠りを所望する
日が傾き、王都が夕暮れ色に染まり始める。廊下の燭台に順々に灯りを点けていく足音は、明日の祝宴を控えて忙しない城内の活気に掻き消されていく。

約束通りフィリスの部屋を訪れたラルドは、久しぶりの父王との対面の支度が整った彼の姿を見て、しばし言葉を失した。

「……殿下は、いったいなにをお考えなのですか」

自分の目を疑うように眉間を揉み、もう一度、フィリスの頭のてっぺんからつま先まで視線を上下させる。当然のことながら、何度見直したところで、彼の服装が替わるはずがない。

つんと顎を反らした喉元は精緻に編まれた幾重にも重なるレースに覆われて、武骨な喉仏を巧妙に隠している。同じく骨張った肩から先も、たっぷりと余裕を持たせた生地でふわりと手首まで覆い、その下のしなやかな筋肉を悟らせない作りだ。豊かに見える偽物の胸の下で切り替えられ床すれすれまで優雅に広がる衣により、成長中の体型は見事に成りを潜めていた。
唯一ごまかせなかったのは伸び続けている身長だったが、それも踵の高い靴を履いているとでも言い訳ができる。

「どこかおかしいか? 我が婚約者殿」

微笑みを湛えたまま首を傾けると、耳朶に下がる紫水晶が揺れ、結い残した髪がさらりと流れた。

「とてもお美しいですよ。ロザリー様が生き返られたようだ。ですが、僕の望んだあなたではない。いますぐにお着替えをっ!」

フィリスの手首を掴もうとしたラルドの手が、音を立てて払われる。強い反抗にあいラルドは顔を引きつらせて、壁際で控えるコニーたちを睨みつけた。彼女たちも緊張に顔を強張らせてはいるが、命令には動こうとしない。

「おまえたち、なにをしている! 早く……」

「もう指図は受けない。そう言ったはずだ」

紅まで引かれた赤い唇から出た声音は低く落ち着いたもので、そこにはなにがあっても曲げないという意志が込められていた。

部屋の外から、刻限を知らせる侍従の声が聞こえる。ラルドには珍しく苛立ちを隠しもせずに舌打ちをすると、冷ややかな目でフィリスを見下ろした。

「あなたにとっては王の位も、そしてあの娘もその程度の存在だったということですね。よくわかりました」

フィリスは表情を動かさず、ただ紫の瞳で真っ直ぐに見返す。一瞬だけ目を細めたラルドは、短く嘆息すると仰々しく膝を折る。

「では、今後はせいぜい貞淑な妻を心掛けていただきましょう。さあ、フィリス姫。お手をどうぞ」

差し出された彼の手に泰然と重ねたフィリスの白い手は、まるで燃えているような熱を持っていた。

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