偽りの姫は安らかな眠りを所望する
*

謁見の間には、ただ都を長く離れていた娘が父親に帰城の挨拶をするだけにしては多くの人が集まっている。政の中心を担う文武高官のほとんどが揃っているだろう。
それもこれも、この場で王女フィリスとヘルゼント伯爵家嫡男ラルドとの正式な婚約が、国王より申し渡されると予想されてのことだ。

当然ラルドの父であるヘルゼント伯オルトンも列に加わっていたが、残念ながら適齢期を過ぎても身を固めずにいた一人息子の良縁を喜んでのことではない。

十八年という長い歳月、主君に隠し続けていたことが明るみに出る。多少の混乱は覚悟の上だ。結果的にヘルゼント家は第一王子の命を守ったことになる。そう酷いお咎めは受けないはず。

それでもこの件が落ち着いたら爵位をラルドに譲って隠居する覚悟でいるオルトンは、半ば断頭台の階段に片足を乗せた気分で、フィリス殿下のお出ましを待っていた。

ざわざわとしていた場が、王女の来場を告げる侍従の声で静まる。ゆっくりと開く扉に集まる好奇な衆目にも関わらず悠然と現れたのは、夜明けの空を切り取ったような衣裳を身にまとった美しい姫君だった。

「なぜだっ!?」

一同からため息が漏れる中、オルトンはひとり疑問の声を上げる。今度は彼が注目されてしまった。

「どうかされたか、オルトン卿」

「い、いや。少し驚いただけです」

静々と進み出るフィリスの後ろについて入場したラルドに目を向けると、諦めたように小さく首を振られる。

「確かにそれも無理はありませんな。これほどまでロザリー様に生き写しとは。陛下もさぞやお喜びになるでしょう」

ヘルゼント父子の内心など知るよしもない隣の老公爵は、年甲斐もなく薄らと頬まで染めてフィリスの容姿を賞賛し続け、それがオルトンの耳を右から左に抜けていく。

と、国王光臨声がかかり、空の玉座の前にフィリスが膝を折った。両脇に並ぶ者たちも頭を垂れて待つ。
微かな衣擦れの音と不規則な足音の後、玉座の軋む音がしてギルバート国王の着席を知らせた。

「久しいな、フィリス。身体の具合はどうだ?」

あまり大きな声ではないが、静寂に包まれた場内ではフィリスのところにまで十分に届く。声に促されるようにゆっくりと顔を上げたフィリスを見て、国王が目を見開いた。

「なっ!? ロザ、リー……」

肘掛けに手をつき立ち上がろうとした身体が傾ぐ。もう片方の手は胸を押さえている。歪んだ口元から苦悶の声が漏れ出すと、慌てて侍従長が側に寄り大声を張り上げ医師を呼ぶ。
最前にいたイワンも駆けつけ、しきりに声をかけ続けている。

人々が右往左往する騒然とした場内にオルトンが首を巡らすと、フィリスはひとり青ざめた顔で立ち尽くし、たくさんの人の手で運ばれていく父王を感情の色の消えた瞳で見送っていた。

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