偽りの姫は安らかな眠りを所望する
祝宴を控え、各国からの大使も滞在する城全体が寝静まることはない。それでもフィリスの部屋の周りは、流した噂が功を奏したのか、最低限の人員だけの配備となっていた。
控えの間で休んでいるカーラたちに気づかれないよう、フィリスは足音を忍ばせる。手には葡萄酒を注いだ杯。そっと扉を開け、廊下に立つ衛兵に小さく声をかけた。
「ご苦労さま」
潜めた声ならそれほど低さが気にならない。寝衣姿の姫に気づいた兵士が、慌てて目を逸らした。
「ど、ど、どうか、されましたかっ!」
まだ若い兵士は必死に職務を遂行しようとしている。くすり、とフィリスが微笑めば、瞬く間に顔が朱くなった。
「皆が宴の前祝いで浮かれている時に、仕事とはいえ理不尽に思うでしょう。どうです? 一献」
差し出した芳醇な香りを放つ液体に、彼はごくりと唾を飲み込む。だがやはり、そう易々とは受け取らなかった。
「一口だけでも付き合ってはくれませんか? 侍女たちは酒が飲めないというのです」
「ですが、私も職務中でして」
しどろもどろになりながらも頑なな兵士に内心で苛立ちながらも、フィリスは憂い顔を作る。
「腹違いとはいえ弟が晴れの日を迎えられること、姉としてささやかに祝いたかっただけなのですが。そうですか。残念ですが、王女であるわたくしの杯が受けられないというのならば、それもしかたがありません」
徐々に語気に含まれる刺々しさが増していくの押さえられなかったが、それがかえって彼をおののかせたらしい。フィリスから震える手で杯を受け取ると、高々と掲げて祝辞を述べ一気に呷ってしまった。
「無理を言いました」
満足げな笑みで応えると、兵士の顔が更に赤らむ。
「で、では! 姫様はお部屋にお戻りください」
多少怪しい呂律でいうと再び扉の番を始める。本人は直立不動で立っているつもりなのだろうが、ゆらゆらと彼の身体が揺れているのを確認してから、フィリスは扉を閉めた。
室内に戻ると大急ぎで着替える。あの香薬入りの酒にどの程度の効果があるのかはわからないが、いずれ交代の者がやって来てしまう。
それにしても、葡萄酒に混ぜても消えなかった強烈な匂いが、ほんの一滴垂らした薔薇の精油で完璧に消えてしまったのには、一か八かで試してみたフィリスも驚きを隠せなかった。味の方は試してみるわけにはいかなかったのだが、あの様子だとろくに味わいもせず胃に流しこんだようだ。
控えの間で休んでいるカーラたちに気づかれないよう、フィリスは足音を忍ばせる。手には葡萄酒を注いだ杯。そっと扉を開け、廊下に立つ衛兵に小さく声をかけた。
「ご苦労さま」
潜めた声ならそれほど低さが気にならない。寝衣姿の姫に気づいた兵士が、慌てて目を逸らした。
「ど、ど、どうか、されましたかっ!」
まだ若い兵士は必死に職務を遂行しようとしている。くすり、とフィリスが微笑めば、瞬く間に顔が朱くなった。
「皆が宴の前祝いで浮かれている時に、仕事とはいえ理不尽に思うでしょう。どうです? 一献」
差し出した芳醇な香りを放つ液体に、彼はごくりと唾を飲み込む。だがやはり、そう易々とは受け取らなかった。
「一口だけでも付き合ってはくれませんか? 侍女たちは酒が飲めないというのです」
「ですが、私も職務中でして」
しどろもどろになりながらも頑なな兵士に内心で苛立ちながらも、フィリスは憂い顔を作る。
「腹違いとはいえ弟が晴れの日を迎えられること、姉としてささやかに祝いたかっただけなのですが。そうですか。残念ですが、王女であるわたくしの杯が受けられないというのならば、それもしかたがありません」
徐々に語気に含まれる刺々しさが増していくの押さえられなかったが、それがかえって彼をおののかせたらしい。フィリスから震える手で杯を受け取ると、高々と掲げて祝辞を述べ一気に呷ってしまった。
「無理を言いました」
満足げな笑みで応えると、兵士の顔が更に赤らむ。
「で、では! 姫様はお部屋にお戻りください」
多少怪しい呂律でいうと再び扉の番を始める。本人は直立不動で立っているつもりなのだろうが、ゆらゆらと彼の身体が揺れているのを確認してから、フィリスは扉を閉めた。
室内に戻ると大急ぎで着替える。あの香薬入りの酒にどの程度の効果があるのかはわからないが、いずれ交代の者がやって来てしまう。
それにしても、葡萄酒に混ぜても消えなかった強烈な匂いが、ほんの一滴垂らした薔薇の精油で完璧に消えてしまったのには、一か八かで試してみたフィリスも驚きを隠せなかった。味の方は試してみるわけにはいかなかったのだが、あの様子だとろくに味わいもせず胃に流しこんだようだ。