偽りの姫は安らかな眠りを所望する
「そこに置いていきなさい」

素っ気なく言い放たれた言葉を無視し、ティアは扉に手を掛けこじ開ける。

「なっ……」

呆気にとられたフィリスの額に、ティアは「失礼します」と一応の断りを入れて手を当てる。

「ああ、安心しました。お熱はないようですね。ご気分は? 寒気などはなさいませんか?」

次々と質問を投げると、フィリスは気圧されたように後退った。
その隙に、ティアはワゴンごと部屋へと入り込む。閉め切られた室内は、もわっとした空気が満ちている。

「さあ、姫様。早く寝台へお入りください」

追い立てる勢いでフィリスを寝台に寝かせると、空気を入れ換えるため窓に手を掛けた。
それほど涼しい夜ではない。少しくらいなら大丈夫だろう。
しかし……。

「開けるなっ!」

鋭い叱責に、ティアはビクリと肩を跳ねかせる。また先日と同じだ、と身体を硬くした。

「す、すみません」

窓枠から手を離して縮こまり、唇を噛みしめる。
どうして、自分は同じ失敗ばかり繰り返してしまうのだろう。熱くなる目頭に鼻を啜った。
その音が、静まり返った室内に響く。

「……すまなかった」
「はい?」

空耳かと思い、無礼にも聞き返してしまう。
声の方を見やれば、寝台の上で立てた膝を抱えるフィリスの姿があった。

「いや、なんでもない。……茶を、淹れてくれ」
「は、はい! ただいま」

姫君にしてはずいぶんとぞんざいな物言いだと感じはしたが、王族などそんなものなのだろう。
ティアは大して疑問にも思わず、急いでお茶の用意をする。

被いを取ったポットはまだ十分に熱く、カップに注ぐとちょうど良い濃さで抽出されていた。
カノコ草の根を中心に不眠に効くものを調合したごく一般的なものだ。
もっと詳しい状況がわかれば、体調に合わせた微妙な調整もできるのだが。

「では、お毒味をさせていただきます」

先に小さなカップに注いだ分をティアが飲もうをすると、フィリスが手を差し出してきた。
その意図が分らず首を傾げる。

「毒味の必要はない。そなたがわたくしを殺したところで、なんの益にもならぬだろう? それとも、ラルドに命じられたというのなら話は別だが」

いきなり出た物騒な話に、ティアは顔を蒼くした。
小刻みに震える手で持つ熱いカップに気をつけて、フィリスに手渡してから、主人に不服を申し立てる。

「そんなことするはずがありませんっ! ラルド様だって同じです」

在らぬ疑いをかけられむきになるティアに、フィリスは薄い笑いを浮かべて香茶をゆっくりと啜った。
屈めた膝の上でカップを吹いて冷ます様は、その口ぶりよりもずっと幼く見える。

「まあ、わたくしが死んだところで、誰一人として損も得もしないだろうが」
「そのようなことは……」

王女が現在置かれている事情などほとんど知らされていないティアは、なにを言葉にしてよいのかわからない。
そんな戸惑う態度さえ、フィリスには冷笑もののようだ。白い貌が昏い笑みを湛える。
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