偽りの姫は安らかな眠りを所望する
「こ、今度はなにをするつもりだ!?」

びくっと肩を揺らして引こうとした手をティアは逃がさない。
油まみれの両手でしっかりと包み込んだ。

「手先の血の巡りをよくするのです。それほど強くはしませんが、もし痛みを感じましたらおっしゃってください」

ティアは、フィリスの指先から凝りをほぐすようにして、精油入りの油を擦り込んでいく。

祖母の最期、寝たきりになってしまったときにも、こうして施術してあげると、苦しそうな呼吸が幾分穏やかになっていったのを思い出していた。

初めは強張っていたフィリスの手からも徐々にと力が抜け、されるがままになっている。
五指すべてが終わると、今度は手のひらを揉みほぐしていった。

施術中、ティアは王女の手が意外と大きなことに気づく。背は自分より少し高いくらいだろうか。
それなのに白く細い指は長く、ティアより節ひとつ分ほども違う。

もちろん肌のきめは細やかで弾力があり、日頃の仕事で荒れがちなティアのものとは比べようもないのだが、心なしか手のひらに固くなっている部分があるように感じる。
ティアの指先が触れているこれは、マメだろうか。それに少々指の節も目立つ。

深窓の王女の白い手にあるあまりのにも不釣り合いな存在に、心の中で首をひねる。
どういうわけか、昼間見たセオドールのものと印象が重なった。

「フィリス様。あの……」

手から顔を上げマメのことを聞こうと声をかけると、フィリスの長い睫毛が縁取る瞼がぴくぴくと動く。

「……ん? なに、か……?」

まどろみから覚めたような声に、ティアは問いを引っ込める。

「いえ。よろしければ、横になられてください」

せっかく呼び込めた睡魔を去らせることはない。
寝惚け眼で素直に従い、ゴソゴソと寝台に潜り込んだフィリスは幼子のようだ。

終わった方の手を丁寧に清潔な布で拭き掛布の中にしまうと、ティアは寝台の反対側に回り込み、逆の手をさらに慎重に優しく揉みほぐしていった。

すべてが終わる頃には、フィリスはすっかり寝入ってしまったらしい。静かな寝息が聞こえ、掛布が周期的に上下する。

枕元にラベンダーの精油を染み込ませた端布を置くと、ティアは灯りを落として静かに部屋を後にした。

< 33 / 198 >

この作品をシェア

pagetop