偽りの姫は安らかな眠りを所望する
ところがその晩、ティアはフィリスからの呼び出しを受ける。

食器の後片付けの手伝いを途中で断り、急いで準備を始めた。
昨夜得たフィリスの情報をもとに、マールが教えてくれた知識を書き写した分厚い帳面を捲って、いまの彼女に最適な処方を考えていたことが無駄にならずに済む。

昨夜はそのせいで少々寝不足気味だったが、そんなものは一気に吹き飛ぶほど気が昂ぶる。

急いで戻った部屋から昨日よりも多い本数の小瓶と、いくつかの道具も持ち出した。これから毎日のことになれば、足りなくなるものが出てくるかもしれない。

頼んで持ってきてもらっても構わないが、できれば一度、ヘルゼント邸の小屋へ自分で取りに行けるといいのだが。

あれもこれもと考えているうちに、両手が塞がる荷物になってしまう。
中身を零さないよう慎重に籠に詰めて、階段を駆け下りた。

「ティア。ちょうどお湯が沸いたよ」

デラが熱い湯でポットを温めてくれていた。
礼を言ってそれを捨て、鎮静や安眠効果のある香草を量りながら入れていく。
今日は天気が今ひとつで涼しかったから、身体の温まるものも足そう。

ティアの思考は、フィリスがいかに良質の睡眠を取れるか、ということにのみ占領されていた。

逸る気持ちを抑え、昨晩と同じくフィリスの部屋の扉を叩く。今晩は中から妙な物音はせずに安心していると、「入れ」という声が厚い扉越しに微かに聞こえた。

そっと入った室内は昨日よりさらに燭台の灯火を少なくしてあり、かなり暗い。
それでも辛うじて足もとは確認できたので、ワゴンを押して中ほどまで進むが、肝心の姫の姿が目を凝らしても見あたらない。

「姫様? どちらに……」

躊躇いがちに声をかけると、寝台の方から「んん」っと咳払いが聞こえてきた。
ティアがそろりそろりと灯りを頼りに近寄ると、寝台の上で掛布を身体に巻き付けるように丸まっているフィリスが確認できる。

「フィリス様、お寒いのでしょうか?」

日中も気温が低かったとはいえ、そこまでの季節ではない。
ティアは、やはり風邪でもひいているのではとの不安に襲われる。

「あ、いや。こうしている方が安心する、だけ……」

ぼそぼそと気まずそうにしゃべるフィリスは、布の中からにゅっと手首から先だけを出した。

「余計な詮索は不要。早く茶を」

声だけは凜としたものに戻ったが、いかんせん格好が格好である。王族の威厳などあったものではない。
ティアは込み上げる笑いを必死に堪え、「ただいま」と準備に取りかかった。
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