偽りの姫は安らかな眠りを所望する
「……ああ、そうだ。私の母もおまえの母親に感謝していただろうな。最高の高値で自分を買ってくれる者を紹介してもらったのだから」

一時は顔も知らない者の妾になる覚悟までしていたのだ。同じ見ず知らずの人物の側室でも、それが一国の王となれば話は全く違うものになる。

「たとえその結果、領地を乗っ取られ、文字通り身を挺して守ろうとした弟の消息がわからなくなったとしても、自業自得ということか」

「え?」

皮肉に満ちあふれるフィリスの言葉に、ティアが「どういうことだ」とラルドを問い質すように見上げた。

「人聞きが悪いですね。主不在の土地を放っておくわけにはいかないので、我が家が一時的にお預かりしているまで。殿下が王子と名乗り出られるのでしたら、いつでもお返しいたしますよ」

「……私にその権利はない」

この国の女性には家督を継ぐ権利は許されていない。ベイズ家の娘の子どもである彼が、母の思い入れのある地を自分のものにするには、国そのものを手に入れなければいけないということだ。

ラルドは暗にそのことを示唆しているのだろう。フィリスがうんざりといった体で首を振った。

「こんなやる気のない人間が上に立っても、国民が困るだけだ。私を口説き落とすより、イアンを丸め込んだ方が手っ取り早いと思うが?」

「それはそれです。十八年、あなたをお守りしてきた分は返していただかないと」

蠱惑的な笑みを返すラルドに向け、フィリスは苦々しげに舌打ちをする。

「いい加減にしてくれ。誰かの思惑に踊らされるのは、もうたくさんだっ!」

踵を返すと薄闇の中へと消えていく。

「あ、待って……」

後を追おうとしたティアの腕を、ラルドが強く掴んで捕まえる。振りほどこうとしたが、白い肌に赤く痕が付くほどの力がそれを阻む。

「放してください!」

キッと睨め上げてみるが、ラルドの冷笑は深まるばかりだった。

「追いかけてどうするつもり? 自分の母は、立場を弁えることもできない愚かな父親に騙されただけだ、とでも言い訳してみる?」
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