どこまでも、堕ちていく。

「え…?」

予想もしていなかった彼の言葉に少しだけフリーズする。

「いえ、特には…。どうしてでしょう?」
「あー、実はですね」

少し言葉を濁すような素振りを見せた直樹。

「最近、雅紀くんの様子が変なので少し気になっていて。家に帰りたくないというようなことを何度か言ってました」
「雅紀がですか?」
「少しだけ落ち着かない感じもするんです。何か心配事があるのかなと」
「…」

心配事…。
心当たりがないわけじゃない。
道弘は私が浮気していると思い込んでいるのか、やたらと詮索してきたりキツく当たるようになった。
もちろん雅紀の前では普通にするように心がけているけど、私たちの変な空気感が伝わってしまっているのかも。

「特に心当たりがなければ良いんですけど。詮索するようなこと聞いてしまって申し訳ありません」
「いえ…」

本当に申し訳なさそうな顔をしている直樹。
彼の真面目さが伝わってくる。
雅紀から話を聞いていても分かるけど、いつも真剣に園児のことを考えていてくれる先生だ。
外見から判断して頼りないと思ってしまった自分が恥ずかしい。

『ママー』

外で遊んでたはずの雅紀が勢い良く教室の中に入ってきた。

「おはなしおわった?」
「うん」
「雅紀くん、お母さん取っちゃってごめんな?もう終わったから」

直樹に頭を撫でてもらいパーッと笑顔になる雅紀。
本当に先生のことを信頼しているのが分かる。
今までにこんなことはなかったのに。
雅紀は、先生や他の園児に心を許すまでにかなり時間が掛かるタイプの子だ。

「そうだ!」

突然何かを思い出したようにポンと手を叩く雅紀。

「ママ、センセーにピアノおしえてあげて」
「へっ!?」
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