どこまでも、堕ちていく。
ピアノを弾いたのすごく久しぶりな気がする。
結婚してからピアノに触る機会一気に減ってしまった。
山口さんの家でたまに弾かせてもらう位。
「…こんな感じですね」
『エリーゼのために』の一部分を弾き終わって、直樹のほうを振り向く。
「すごいですね!想像以上でびっくりしました」
キラキラと目を輝かせる直樹。
「趣味程度ですけど」
「そんなことないですよ」
「でも何でわざわざピアノ習いたいと?女性の先生に教えてもらうこともできそうなのに」
「嫌なんです。教わるの」
「へ?」
「同じ先生同士のプライドと言いますか。自力でマスターして驚かせたいと思いまして!」
少し照れたように笑ってそう呟く直樹。
…今、気づいた。
彼ってすごく表情が豊かなんだ。
もともと童顔で可愛らしい印象の人だけど、子どもみたいにコロコロと表情が変わるからすごく愛らしい。
園児に好かれる理由はこれもあるのかも?
「じゃあ来週の土曜日、幼稚園の前でー」
純粋に頑張ろうとしている彼を応援してあげたいと思った。
本当にそれだけの気持ち。
でも、この時もう既に動き始めていたんだ。
私と彼は引力に引き寄せられるように出会い、徐々に弾かれていく。
そんなストーリーが。
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「土曜日?」
「うん。雅紀と一緒に山口さんの家に行ってもいい?」
道弘を目の前にして、私は安易な約束をしてしまったことを後悔した。
最近私の行動にうるさい彼が外出を許してくれるかは微妙だった。
しかも男性も一緒だなんて。
「あの山口さん家だろ?別に構わないけど」
「先生もいるんだけど」
「せんせー?」
少し不審そうな顔で私のほうを見る道弘。
「雅紀の担任の先生。彼が山口さんにピアノ習いたいみたいで。あ、私は紹介したらすぐに帰るつもりだけど」