俺様社長と結婚なんてお断りです!~約束までの溺愛攻防戦~
「ミューズ?」

ミューズってなんだっけ……あぁ、石鹸!なわけないか。
羽衣子は心の中でつっこむと、おとなしくリー・マーロウの言葉の続きを待った。

「プリュムのジュエリーはどれもこれもあなたにぴったりだわ。無垢な美しさってやつね」

そうだ、ミューズは芸術の女神。転じて、芸術家にインスピレーションを与える女性を指す言葉だ。唐突に思い出しては、恥ずかしさで顔が赤くなる。こんな美女を前にしてミューズだなんて……おこがましいにも程がある。

「ないです!全然違います!永瀬はすべての日本人女性に向けてといつも言っていますから」

「あら、そうなの?まぁ、たしかにあなた平均的日本人って感じねぇ。童顔で小柄で、ちょっと色気不足なところも」

リー・マーロウは羽衣子の全身をジロジロと眺めながらあっけらかんと笑った。

「はい、本当にその通りなんで……」

ふいに立ち上がったリー・マーロウの細い指先が羽衣子の唇を塞ぐ。彼女の黒曜石のような瞳は吸い込まれそうに美しく、羽衣子は思わず息を飲んだ。リー・マーロウはあでやかに微笑む。

「謙遜は日本人の美徳ね。でも、自分を卑下するのはダメだわ。あなたを想ってデザインしているコウに失礼な行為よ」

「……はい」

羽衣子はこくんとうなづいた。
本当に美しい人というのはきっと彼女のような女性のことを言うのだ。顔の造作やスタイルがどうとかではない。そんなものは超越したところにいる。心も生き方も美しい。

「ふふ。素直なところは素敵ね」

リー・マーロウにそう褒められて、羽衣子は今度は素直にありがとうございますと伝えた。
寂しくないと言ったら、やっぱり嘘になるだろう。洸が海外へ行ってしまうのはすごく辛い。だけど、こんなに素敵な人に洸は認められたのだ。その事実はすごく誇らしかった。

その時だった。応接室の扉がノックされ、羽衣子が返事をする前に洸が飛び込んできた。走ってきたのか額には汗がにじんている。

「Msマーロウ。お待たせして申し訳ございません」

「急にごめんなさいね。最後にもうひと押ししたかったのよ。コウ、私と一緒に世界へ出ましょう。あなたなら必ず成功するわ」

リー・マーロウは洸に手を差し出した。洸は長いこと逡巡し、それからゆっくりと首を横に振った。彼女の手は取らなかった。





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