最悪な政略結婚を押しつけられましたが、漆黒の騎士と全力で駆け落ち中!
「水の精霊、アグアよ! 我らをモネグロスの神殿へと運ぶべし!」

 朗々とした『赤』の声が空気を大きく震わしたと同時に、噴水の女神像がゴゴゴ……と身震いするように振動し始めた。

 あっという間に凄まじい勢いで水瓶から大量の水が噴き出したと思うや、その圧に耐えきれずに、女神像そのものが粉微塵に吹き飛んでしまった。

 このままでは洪水になるのではないかと思うほどの膨大な水が、私とエヴルの全身を完全に覆う。

 女神像を打ち砕くほどの力で叩き付けられる水の勢いは、もう、尋常じゃない。

 当然ながら呼吸はできず、体中に感じる水圧と冷たさが私の体温を奪い、意識をも奪い去る。

 ああ、やっぱり私、このまま天寿を全う?
 そんなのは嫌だ。エヴルと想いを通わせ合ったばかりなのに。

 そういえばまだ私、まだちゃんと自分の気持ちを伝えてすらいなかった。

 もう一度、ちゃんとエヴルと向かい合いたい。
 好きだと伝えて、再びキスを交わしたい。
 彼の笑顔が見たい。笑い合いたい。エヴル、エヴル、エヴ……ル……。

「キアラ様! なにがあっても、あなた様と離れはしない!」

 激しい水音に混じって、薄れゆく意識に入り込んでくるエヴルの声。
 水の勢いに逆らいながら、懸命に私を抱きしめ続ける両腕の力強さ。
 そして、濡れて輝く漆黒の髪。

 それらを見て、感じたのを最後に、私の意識は完全に遠のいてしまった……。





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