乙女は白馬に乗った王子を待っている
その夜。
田中さんが帰ったあとも、しばらく黙々と仕事をしていた二人だったが、ふいに高橋が顔をあげた。
「じゃあ、オレはそろそろ帰ってもいいですかね、権藤さん。」
調子良さそうな、媚びるような口調だ。
高橋が、こんなに早い時間に帰ろうとするなんて、久しぶりのことである。
ゆり子は快く「どうぞ」と言おうとしてその一言が出て来なかった。
一拍置いて出て来た言葉は、「部下を置いてさっさと帰るんですか?」という、何ともイヤラシイ嫌味だった。
「じゃ、権藤も帰っちゃいなよ。一緒に出よう、それならいいだろ。」
急にいつもの口調に戻っている。
高橋は、何としてでも早く帰りたいようだった。
「でも、仕事がまだ残ってるんですけど。」
「大丈夫、大丈夫。月曜に田中さんが来たら、ビックリするぐらい片付くから、今ちょっとくらい残ってたってどーってことないよ。
急ぎの案件とかないじゃない。」
「無責任じゃないですか、そういうのって。」
「何でそんなに不機嫌なの? 上司が早く帰れ、仕事が残ってても構わない、って言ってるんだから、気にせず帰ればいいだろ。」
いつも機嫌良く朗らか笑顔で対応する高橋が珍しく荒い言い方をしている。
「……社長がそこまでおっしゃるなら、帰りますよ。」
ゆり子も負けじと不機嫌な言い方を変えなかった。
………何かムカつく。