雨音の周波数
「石井、私と付き合って」

 照れる様子もなく女の子は言い放った。その子の顔が見たくて、バレない程度に顔を動かしてみる。その子は背を向けていて顔を確認することはできなかった。

「あのさ、俺」
「うん、彼女いるんだよね。私は彼女になりたいから付き合ってとは言ってないから。セフレとして付き合って」

 女の子は言葉の終わりにハートマークを付けているかのように、語尾を可愛く跳ね上げて言った。

 この子は一体なにを考えているんだろう、と思った。私には理解できなかった。圭吾ならちゃんと断ってくれるだろうと思っていた。いい気分ではないけれど、不安ではない。

 圭吾は小さなため息を吐いた。

「いいよ」

 え? いいよ……。なんで……。

「本当? やった!」

 その子の声が遠くに聞こえる。頭が真っ白になって、ゆっくりその場から離れた。

 その辺から記憶が曖昧で、気が付けば自分の部屋のベッドで横になっていた。右手には鳴りやまない携帯電話を握りしめたまま。

  * * *

 私は圭吾に引っ越すことを伝えないまま引っ越しをした。圭吾の前から突然姿を消したのだ。

 圭吾が私以外の女の子とも、そういうことをしたいと思っていたと知り、死ぬほどショックだった。

 泣きながら怒って問いただそうとも思った。でも、圭吾が「春香」といつもと変わりなく接するたび、自分の存在が消えていく気がした。消される前に消えてしまおう。そう思ったら、聞きたいことも言いたいことも消えてしまった。

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