雨音の周波数
【6】パートナー? 結婚?
 仕事を早めに切り上げ席を立つと、隣の席に座る事務の町田さんが「今日は残業なし?」と声を掛けてきた。

「はい。ちょっと予定があって」
「あれ? デート?」
「違います。親と食事です」
「そうなんだ。親孝行も大事よね。お疲れ様」
「お疲れ様です」と言うと、町田さんは軽く手を振ってくれた。

 町田さんとは私が大学生の時、アルバイトとしてここに来た時からの付き合いだ。

 株式会社SAKUMAは基本アルバイトを雇わない。佐久間さんはこの会社に骨を埋める覚悟で、一緒に仕事をしてくれる人を求めているからだ。ただし例外もある。産休や育休、休職などで人手が足らないときにアルバイトを雇うことがある。

 私も町田さんの産休と育休の間だけ雇われた事務のアルバイトだった。

 町田さんは休みに入る前、私に事務の仕事を丁寧に教えてくれた。この時に知った社会人のマナーは、今でも大いに役立っている。私にとって町田さんは職場の頼れるお姉さんだ。

 そんな人に嘘を吐くのは少しだけ後ろめたかった。本当は親との食事ではない。例のお見合いだ。

 佐久間さんから指定されたレストランへ向かう。

 お見合い相手の名前は大倉 昇さん。佐久間さんと同じ大学の出身でスポーツ用品メーカーの営業部長。

 スマホの地図を頼りに歩くとレストランが見えてきた。そこは中華料理のお店だった。シンプルな白い外壁にシルバーの四角いプレートがランダムでデザインされている。中華料理のお店には見えない外装。

< 48 / 79 >

この作品をシェア

pagetop