雨音の周波数
 圭吾は表情を崩さずに佐藤社長の少し後ろに立っていた。私が社長の近くに来ても、決して目を合わせることもしなかった。

 佐藤社長は三十分くらい見学をして帰っていった。スタジオから出ていく圭吾の後ろ姿を視界の隅に捉えたまま、ニッポン香味の人たちを見送った。

 圭吾のメールが届いていたときは心がざわざわした。それが今は胸がずきずきとする。悪化している。圭吾と話して、古い恋をちゃんと治めて、落ち着いたはずだった。どうしてこんなに痛いのだろう。悪化した感情に蓋をし、仕事を全うした。

「佐藤社長って、気さくでいい人でした」

 夏川さんがメールやファックスをシュレッダーに掛けながら言った。

「そうですね。私はそんなに話せなかったけれど、見た目からして優しそうな人でしたね」
「帰るときエレベータの中で、あんなふうに放送してるんですねって、楽しそうに言ってましたよ。あと、秘書の人、格好よかったですよね。なんかキリッとしていて」

 グッと締めつけられるような感覚を無視して「そうだね」と適当に言葉を返した。

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