婚約者はホスト!?⑤~愛しい君へ~
露天風呂に浸かっていると、ちょうど勇斗くらいの男の子がママに抱っこされて入ってきた。
きっと、温泉に入るのは今日が初めてなのだろう…
物珍しそうに目を丸くしながら、あちこちを見回している。
「あら~ 可愛いわね お幾つかしら~?」
私の隣にいたお婆ちゃんが、ニコニコしながら話しかけた。
「1歳半です~」
男の子のママが笑顔で返すと、そのお婆ちゃんは「うちの孫と一緒だわ~」と、嬉しそうにお孫さんの話を始めた。
そんな会話をぼんやりと聞きながら、私は勇斗のことを思い出していた。
勇斗…どうしてるかな
外へは連れ出さないでと両親にはお願いしてあるから、さぞかし退屈な思いをしているに違いない。
ごめんね 勇斗
早くパパとママが事件を解決してくるからね
いい子で待っててね
私は、真っ赤に染まる空を見上げながら心の中で呟いた。
………
あー ちょっと、気持ちが悪いかも…
お風呂から出て部屋へ戻る途中、急に足元がフラついてきた。
湯あたりしちゃったのかな…
そう思っているうちに、ふーと目の前が暗くなり、そのまま意識が遠のいていった。
………
ふと、気が付くと、私は見知らぬ部屋のベッドに寝かされていた。
あれ ここ何処だろう?
医務室みたいな部屋だけど…
確か露天風呂に入って…
その後、気分が悪くなって…
そっか… きっと、のぼせて倒れちゃったんだ。
時計を見ると、お風呂を出てから30分くらい経っていた。
あっ 早く戻らないと圭司が心配しちゃう
そう思って、ベッドから起き上がろうとした瞬間、コンコンとドアがノックされた。
「はい…」
「失礼します お客様、ご気分はいかがで… って、おまえなつじゃねーかよ!!」
「うわっ! 松井くん…」
こんなタイミングで会ってしまうなんて
しかも、密室に二人きりで…
「まっ 松井くん 久しぶり…だね」
変に意識してしまって、声が裏返ってしまった。
「『久しぶりだね』じゃねーよ うちの旅館来たんなら声かけろよ~ しかも、のぼせてぶっ倒れるとか… ほんっとおまえって鈍くせーよな ほら 水」
松井くんはブツブツ言いながら、私にミネラルウォーターを差し出した。
「あ ありがとう…」
あっ なんか、この感じ…いつもの松井くんだ。
私への想いを捨てきれなくて、ストーカーに走った男にはとても見えない…
松井くんじゃないのかもしれないな…
若旦那らしく、着物をきちんと着こなした松井くんを見てそう感じた。
「後でね…会いに行くつもりだったんだよ 圭司と二人の時に…」
「ゲッ 旦那と来たのかよ まさか、俺を殴りに来たんじゃねーだろーな… あいつ」
松井くんがギョッとした顔でそう言った。
「えっ 何でそう思うの?」
「だって、俺のことまだ相当怒ってんじゃねーの? この間だって、俺のこと警戒して、なつに携帯の番号変えさせたんだろ?」
その瞬間、私の中に、再び松井くんへの疑惑が浮上した。
「ねえ 松井くん… 私が番号変えたのを知ってるってことはさ、最近かけたりしたの? なんか用事だった?」
ドキドキと急に私の鼓動が速くなった。
「えっ あー うん 実はさ、東京に行ってたんだよ…昨日と一昨日… なつに連絡取りたかったんだけど、番号変わってて諦めたんだ… だから、ちょうどよかったよ なつの方から来てくれて 実は、俺さ」
「…めて」
「へ?」
「もう やめてって言ったの! もう 私のことなんか忘れてよ お願いだから勇斗にまで手を出さないで!」
私は取り乱したかのように叫んでいた。