よるのむこうに
先ほどのスーツの女性が天馬のそばに立ち、化粧用のスポンジを持った女性に何か指示をしている。
その場も誰もが当たり前のような顔をして働いている。
天馬がチンピラではなくモデルの顔になったことで動揺しているのは私だけだった。
あんなに垢抜けて隙のない女性と、そして神経質そうなメイク担当、そして天馬。
彼の姿はいかにも業界人という雰囲気で、家でゴロゴロしてフローリングの冷たさを求めてリビング中を移動する天馬と同一人物とは思えなかった。
私が一人で動揺していると、天馬と同じくモデルなのだろう、デニムパンツだけを身につけた二十代前半くらいの男性たちが目の前を横切った。
彼らが通り過ぎる瞬間、何種類かの香水の匂いが漂った。
私は相手が半裸ということもあってどこに視線を向ければいいのかわからず、咄嗟に彼らから目をそらした。が、目をそらした先でも半裸の天馬がうろうろしている。
その場にいる私以外の人間はみなてきぱきと自分の仕事をこなしていて、誰もモデルの半裸に動揺している者は居ない。
この場において一人だけ仕事を持たない私はどこに目を向ければいいのか。
プロのモデルが仕事で脱いでいるのだから異性である私が彼らをじろじろ見るのは失礼だ。それはわかるのだけれど、他の人たちのように何食わぬ顔をしていることが出来ない。
赤くなったり青くなったりの苦悩の末、私はスタジオの隅に積み上げた折り畳みの椅子にさも関心があるかのように目を向けることにした。