よるのむこうに


彼は彰久くんに危険人物のように扱われている。
しかし、侮辱されて起こるというよりは、心底わけがわからないといった表情で首をかしげた。

「怖い?なぜですか」

彰久君はそれを無視して私に微笑みかけ、そっと耳うちした。


「ごめんね、あいつ薄気味悪いだろ。
昔、嫁に逃げられてからちょっとおかしくなっちゃってさ。俺もあいつがクライアントでなかったら会いたくなかった」

「気味が悪いだなんて、そんなこと思ってないよ。あんまりきれいな人だからびっくりしただけ……ちょっと、彰久君に顔立ちが似てるね……名前も似てるし。……お身内の、方?」

彰久君は私の問いかけに少しいやな顔をした。その表情で私は彼らが身内であることを察した。

「夏子ちゃんてさ……まあいいや。ご指摘どおりヤツは俺の叔父だよ。
俺はしばらくあいつと打ち合わせをしなきゃならないけど、一人で大丈夫?」

「あ……じゃあ……トイレにいってくるね」

「トイレ?ああ。じゃああっちのAって書いてあるドアから出て右だから。あと20分ほどで撮影が始まるから施錠されたら外で適当に座っていて。椅子はあるはずだから」

私は何度も頷いてそっと立ち上がる。彰久君が一瞬手を貸そうとしたけれど、私はそれを手で制した。立ち上がるときに椅子の背をつかんで立ち上がればそれほど痛みはひどくない。

「大丈夫ですか、」


私の様子に普通でないものを感じたのだろう、景久さんが声をかけてくれた。
その声音は優しいけれど、……けれどどこか冷ややかなものを含んでいた。
私は変に引きつった愛想笑いを浮かべて結局手は借りなかった。


彰久君は身内でありながらあの人のことをあまり好きではないみたいだけれど、私も……少し苦手だ。
苦手な理由を言葉で表現するのは難しいけれど、声音や瞳の中に何かひやりとするようなものが潜んでいる気がする。

彰久君に小さく手を振り景久さんに軽く会釈をすると、私はさっさとその場から逃げ出した。
なんとなくだが、あの景久さんという人とはあまりかかわらないほうがいいような気がした。それに、私がいては彰久君も仕事の話しがしにくいだろうと思ったのだ。
< 155 / 269 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop