よるのむこうに
「ふざけやがって……、
お前にとってはペットを飼ってたようなつもりかも知れねえけど、俺は違うんだよ!
ふざけやがって、俺の心を踏みにじって、お前なんかに惚れなきゃよかった……!あの日、お前なんかと寝なきゃよかった、くそ……ッ……」
壁に叩きつけられた天馬の手は震えていた。
痛みをこらえるように、彼の眉間には深い皺が刻まれ、ふせたまぶたも、引き締まった唇も、小刻みに震えていた。
「お前じゃないと駄目だ……」
気が狂いそうなほど恐ろしい無言の数分の後、天馬は私の肩に額を寄せた。彼の中でせめぎあう感情の波をコントロールしようと必死になっているのだろう、彼は肩で荒い息を繰り返した。
「……俺は、もう他の女は触(さわ)れない。お前の匂いが消えてしまうから……」
私が憎い、謝れ、謝るなと叫びながら、それでも天馬は私に来いと言う。
それは少しも理性的な言葉ではなくて、天馬が私を愛しているのか、憎んでいるのかさっぱりわからない。彼本人にさえ、どうなれば自分が満足するのか、それがわからないのかもしれない。
そして、今の私にも、それは分からない。
「無茶苦茶だよ……どうして、今になってそんなこと……」
天馬は伏せた目を上げて私を見つめた。
その大きく美しい瞳に見つめられると、心の奥底まで見透かされてしまいそうだ。
「他の男が居るのか……?」
私は首を横に振った。
天馬の大きく骨ばった手をそっと自身の膝に重ねた。かつての私の体を知っている天馬なら触るだけでわかるだろうと思ったからだ。
天馬の手のひらは私の足の上をわずかにさまよい、そして傷跡の上でぴたりと止まった。
「夏子」
「うん、……手術した……。だいぶ進行はゆっくりになったけど、関節破壊が進んでるみたい。
今も、元気そうに見えるかもしれないけど寛解はしてない。だから一緒には行けない。
今は、誰かを支える余裕なんてない。ごめんね」
「……っ……」
天馬の整った顔が歪んだ。
彼は私の二の腕を強くつかんで、私の胸元に額を押し当てた。
天馬の肩が震えている。