よるのむこうに
彼の言葉も口調も優しかったけれど、何か鋭利なものを喉元に突きつけられたような気がした。そ
れまで私の話しやすいように話していたのに、すでに彰久君が会話の主導権を握っていた。
「そんな、ことは……」
「こんな話を聞かされて、俺はもう君の一身上の都合に片足突っ込んじゃった気分なんだけど。
何がなんだか分からないまま手だけ貸せってのはちょっと都合よすぎない?」
「……ご、ごめん……」
「夏子ちゃんってさ、あいつのことになると他のものが見えなくなるみたいだね。俺がそういうことを聞いてどんな気持ちになるのか、とかさ」
「……」
たしかに、彼に指摘されるまで私は天馬のこれからのことや当座の彼の生活のことばかり気にしていた。
こんな話を持ち込まれる彰久君の気持ちなど考えてみようとすら思わなかった。
彼は小さくため息をついて窓の外を見た。
窓の外は流行のロングワンピースを着た女性たちがまるで水中の金魚のようにひらひらとスカートの裾を揺らめかせて歩いていく。優雅で華やかなその姿はこの町に相応しい。
私はこの場所から一人浮き上がっている異質な自分を再び自覚した。
「ごめん、筋違いだったね。忙しいのに呼び出してごめん」
私は話を打ち切ろうとした。
彰久君に自分の事情を話してしまえばそれはいずれ天真の耳に入るだろう。私はこの話に病気の話なんか絡めたくなかった。
状況が変わったからそれぞれ別の時間を生きる。そういうことにしておきたかった。
自分がもし天馬の立場だったとして、一緒に暮らしている相手が病気だと知ってしまえばその場から離れられなくなる。相手に対して気持ちがあろうとなかろうと。
そんなのは嫌だった。かわいそうだからとずるずる続く関係なんて、情けなくて自分を嫌いになりそうだった。