夫の教えるA~Z
「嘘よ…嘘でしょ…ねえ、返事して?」

 返事は、ない。

「い、イヤだイヤだ…そんなのイヤ!
 ごめんね、ゴメンね。
 危ないのに…キケンなのに、変なヤキモチ妬いて…意地悪して。
 お願いだから目を覚ましてーーー!!」

 どんなに喚いても青い瞼は閉じたまま、ピクリともしない。


「うっ…えっく…お願い、もう絶対こんなイジワルしない…だからお願い
お願い…だよ…お…」

 彼の胸を叩く拳は次第に疲れ、弱々しくスローに下がってゆく。


 その時、頭の中に小さな声が聞こえた気がした。

(トーコ、トーコ。人工呼吸してみたら?)


「そ、そうか、人工…呼吸。こんな時はそうだよね。
わかった、やってみる」


 私は声に導かれるまま、藁にも縋る気持ちで、思い切り空気を吸い込んだ。

 職場のライフセービング講習、サボってばっかだから、よく分からんけど…
 

 あむっ。


 私は勢いよく、彼の鼻と唇を全て覆うように口付けた。
 すると、冷たく生気のない唇が一瞬ピクッと動いた気がした。

 よし、イケる!

 私はさっき吸い込んだ息を、思いっきり彼の肺腑に吐き出した。

 フウウウウ…
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