夫の教えるA~Z
「あらあらアナタ。こんなになるまで頑張っちゃって…」
 下顎をゾリゾリ触るも、目が虚ろだ。全く気づいていないらしい。
 私はさらなる行動に出た。
 
「ちょっと休みましょうよ、ね?
 せめてオフロに入りましょ、トーコが洗ってあげますから」
 脇を両手で持ち上げ、椅子から立たせようとする。

「………」
 無反応。
 しかし重たい、持ち上がらない。
「う~~ん…はぁっ」
 ダメだ。
 ならば。暫く頑張った後、諦めた私はまた別のアプローチを思い付いた。

 廃人と化したアキトさんのもとに、私が持ってきたのは洗面器に電動カミソリ、それにシェービング。
 男性の髭剃り、実は一度やってみたかったんだ。

「さあ、トーコがキレイキレイしてあげましょ。初めますよ~~」

 ウィィィィン…

 スイッチを入れると、モーター音が鳴り出した。ニンニン指を動かしながら、私は彼の下顎目掛けて、そいつをあてがう。

 と__

 
 「てぇぇいっ、ジャマだぁーーー!!!」
「ぎゃひっ」

 ベシッ。
 払われた手から、電動カミソリが転がり落ちた。

 そうして、

「オマエ邪魔!しばらく来るなっ」

 部屋から摘まみ出された挙げ句、
 ガチャガチャガチャ!
 何と、内側から鍵まで掛けられてしまった。

「そ、そんなぁ~。
 アキトさん、アキトさーーん」

 ドンドンと扉を叩いてみるも、もちろん彼は無反応。
 床の上で、微かに動く電動カミソリの音だけがいつまでも響いていた。

 ウィィィィン… 



 
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