夫の教えるA~Z
「ふぬ~~~っ」
「痛い痛いっ、くび、くびがもげるぅっ」

着ぐるみの重たい頭部分を懸命に引っ張り、わたしはなんとか、着ぐるみの中の人を救いだした。

「はあっ、はあっ」
ぺたんと床にしりをつけ、だらりと床に足を床に投げ出しているのは、なんとも細身の儚げな美少年。
真っ青な顔をして、いかにも辛そうに肩で息をしている。

「あの…ほんとごめんね?
痛かった?
つい不注意で、あの、
けっして悪気があったわけではなくて…」

「はあっ…いいんです、気にしないでください。大丈夫ですから…はあっ…、さっき暴れたせいで…持病の…貧血が出ただけですから、ゼエ…」

「え、ちょっと、そんなの全然大丈夫じゃないじゃん!」

「いやマジで…じゃなくてホントに大丈夫。ゲフッ、ゴフッ。
ああ苦しい…でももう行かなくちゃ…親方に叱られちゃう…葵の間、◯時から…
はうっ、頭がクルクル回る…」
「ダメよ、早く横に!」

立ち上がりかけ、すぐにまたフラりと倒れこんだ彼を、わたしは再び寝かせてやった。

「ホントすみません…優しい《《お姉さん》》ゲホッ」
「ううん、いいのよ。◯時まではまだ少しあるから」

とんとんとん…
キラリと微笑みを浮かべつつ優しく背中を叩いてやる。

しっかしさ。
なんでこの子、こんなか弱いのに着ぐるみのバイトなんてしてるんかしら。
てか、ホテル側。いくら経費節減の世とはいえ、着ぐるみに誰かつけとけよ。

いくつかの疑問を頭に思い浮かべながらも、わたしの胸にはすでに、新たなワクワクが沸き上がりつつあった。

『葵の間』はちょうど実果ちゃんの式場だ。
(ってか今日このホテルで式を挙げてるの、実果ちゃんだけだもんね)

察するに。
この"た○わちゃん"は恐らく、次の余興でサプライズ登場する予定だった。

でも中身の子は、わたしのせいでダウンしてしまい、とても歩けそうにもない。
ってことはつまり…

「ね、君!
わたしがかわりにやってあげる」
「…え?は、はい?」

「だから、わたしがあなたのかわりにた○わちゃんの中に入って、パフォーマンスしてきたげるよ。
あなたは隠れて休んでいて?
ね、それならあなたも叱られないし、バイト代も入るでしょ?ね!」
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