夫の教えるA~Z
「もー腹立つっっ、なんで私が秋人《あいつ》に間違えられなきゃいけないのよっ!」

ドン!
一気飲みしたマグボトルを荒々しくテーブルに打ち付ける夏子さんに、私は苦笑いした。

昼。スポーツクラブに出勤する日は、いつも夏子さんとテラスでお弁当ランチをする。

彼女には申し訳ないが、最近、スーパーロングの髪をバッサリ切ってしまった夏子さんは、ハッキリ言ってアキトさんにソックリだ。
元々、スーパーモデルみたいに背が高くてスレンダーで、日本人女性の規格を《《ゆう》》に超えている夏子さん。
さらにその日、彼が着ていたカッターシャツと、うちの制服は、色や形が似てなくもなかった…気がする。

「ねえねえ、聞いてよ、秋人ってばさーあ、"フランクな関係を築きたい"なんてカッコつけて、自分のこと社員に"大神さん"って呼ばせてんのよ。
お陰で私、まさかあいつに間違えられてるだなんて、気がつかなかいじゃないの!」

「あはははは…
…でも、なんでまた、そんなに潔く髪切っちゃったんですか?
ベリーショートも悪くないですけど、前のロング似合ってたのに」

「……。
トーコちゃん、それ、今聞いちゃう?」

「あー…、今度にしときます」

どうやら地雷だったらしい。
気を取り直すべく、いまハマっているトーコお手製「黄金色の卵焼き」を口に含んだ時だ。
「でもでも、最も無礼なのはあの男よっ!!」

ドンドンッ。
ヒートアップした夏子さんは、先ほどのマグボトルで2度、テーブルを打ち鳴らした。

「ぶっ」
ポロッと口から卵焼きの欠片が落ち、私は慌ててそれを拾う。
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