夫の教えるA~Z
「どうです、ちょっとは落ち着きました?」

「ハイ…あ゛り゛がと゛う゛ございます…優しいんですね、奥さん」

「アハハ…どういたしまして」

彼は、私が夕食作成前のお楽しみに買っていた焼きプリンの最後の一掬いを口に運ぶと、ズッとハナを啜った。

空になったプリンカップを未練たらしく見つめつつ、私はなるたけのんびりした口調で、尋ねた。

「で、一体どうしちゃったんです?何か私に出来ることがあれば…」

「僕!」

うおっ!
松田くん《このひと》は、相変わらず前のめりだ。

「僕、あれ以来、忘れられないんです!」
「え、な、何を?」

そして、性急すぎる。

「だから、あのひとのことを!」

えーっと…。
「松田くん、ちょっと落ち着こうか、ウン」

私は、興奮して中腰に拳を握りしめている彼の肩を押し、もう一度ソファに座らせた。

アキトさんのヤキモチ対策として、今回はキチンとラインにこの件の連絡を入れてある。
二の轍は踏まない。
今日のトーコは冴えている!

「まずは、順を追って話をしましょう。まず、"あれ以来"とは何時のこと?」

「はい、大神さんが家に置いてきた書類を、届けに来てもらった日です!」

んー…、何かイヤな予感がする。

「まあ、それは分かりました。コホン。ではズバリ、"あのひと"とは?」

「それは!……それは…」
「それは?」
さっきまでハキハキしていた松田くんが、急にモジモジし始めた。
私は同じ質問を繰り返す。

「さあ、それは?」
「それは…」

「さあさあ、それは?」

彼は意を決したように前を向くと、割れんばかりの大声で叫んだ。

「それは!あの日書類を届けに来てくれた、大神さんのお姉さんですっっ」


うーわー、やっぱりか。
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